「俺の昔話なんかお前には関係ないだろうが」
工藤はもう終ったことだというようにそう言った。
でも、じゃあ何故、「あの人」のことになるとあんなに一生懸命になるんだ? それを聞く勇気がない。
…どーせ俺なんかさ! キショーめ、飲みに行っちゃろーかなー…
さっき工藤に仰せつかった企画書は明日に回してもいいはずだ。
こうなったら、ガンガン飲んでやる!
良太が心の中で叫んで思わず拳を握りかけたその時、オフィスのドアが開いた。
「良太、行くぞ!」
工藤は良太の返事もまたずに、またドアから出て行く。
「へ…ハイ…」
いつも突然なんだからよ!
良太は大慌てでやっていたファイルを保存し、終了させてパソコンの電源を落とすと、ブリーフケースと上着を掴んで後を追う。
駐車場に行くと既に工藤は運転席にいた。
「あ、俺、運転します」
「いいから、とっとと乗れ」
「はいっ…」
良太が乗るとすぐ、工藤はハンドルを切り、車は青山通りに入った。
「どこ行くんですか~?」
「小田のところだ」
「あ、はあ」
タバコをくわえる仕草から工藤の苛つきが伝わってくるので、良太はそれ以上聞かないでおく。
空港へ迎えにいった時からずっと工藤の機嫌が悪い。
どうやら週刊誌の記事のことだけではないらしい。
そういえばプラグインの河崎さんや藤堂さんらしい電話もあったみたいだが…。
君子危うきに近寄らず、だ。
「ヨーロッパもすんげく暑かったみたいですけど、こっちの暑さには負けるでしょうね~」
「だろうな」
なんてことない話題をふってみるが、そっけない返事。
「あ、そうそう、週末から四日も俺、休みもらって、ほんとにいいんですか?」
「当然の権利だ。お前ろくに休み取ってないだろう、入院した以外は」
「は、はは……どうも…」
やぶ蛇だ。
工藤に逆恨みした男に勝手に接触して刺された時のことは思い出すだけで痛みが舞い戻る気がする。
先月妹の亜弓が格安ツアーを見つけたから、家族で北海道に行きたい、と言い出した。
父母も温泉町のホテルの仕事だし、お盆休みを避けてなら休みを取れそうだという。
良太は、土曜日から火曜日まで休みをもらえないかと、恐る恐る工藤にお伺いをたてた。
あっさり、いいぞ、と許可をもらい、しかも鈴木さんにちゃんと有給申請しておけ、などとも言われ、良太は亜弓に早速OKの電話を入れた。
「よかった、実はもう申し込んであったんだ。ダメだとか言われたら、あたし、社長に怒鳴り込んでやろうと思ってたの」
ちゃっかりした答えが返ってきた。
会社は基本的に土日は休みになっている。
鈴木さんはもちろんカレンダーどおりだが、仕事の都合上良太は土日の休日出勤もあたりまえ、連続二週間休みなし、なんてこともしょっちゅうだ。
傍から見たら当然ブラックだろうが、良太が自主的にブラックというのもありなわけで、自分でスケジュールをコントロールするしかないのだ。
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