それに、昨年末の忙しい時期に十日ほども入院し、しかも工藤に別荘に連れて行ってもらったりして、逆に工藤に負担をかけてしまった良太としては非常に心苦しかったのだ。
どちらかというと休みをとって欲しいのは、工藤自身になのだが。
それにしても家族で一緒に旅行なんて何年ぶりだろう。
おまけに両親は仕事先のホテルの従業員として間借りしているし、亜弓は大学の寮、一家四人が一緒に暮らすことは今のところできない。
「何もなくても、どうせあんたたちは独り立ちしている年なんだから」
母は笑って言う。
頑固な父親とのんきな母親だからこそ、やっていけているのに違いない。
だから家族そろっての旅行はとても嬉しい半面、また工藤と一緒にいられないのだと、淋しい自分がいる。
シャチョーは別に全然平気なわけだよな……いいけどさっ…
会社の上の階に社員寮と言う名目で部屋を借りている良太の愛猫は、鈴木さんが世話をしてくれることになっている。
良太がそんなことを逡巡している間に、車は青山通りから平河町を抜けて一番町に入る。
イギリス大使館の近く、三階建てのビルの二階に小田法律事務所があった。
「あ、良太、ええとこきた、椅子、抑えてて」
ドアを開けた途端、挨拶する間もなく、頭のてっぺんから声をかけられる。
「何やってんです、小百合さん」
慌てて椅子を抑えながら、良太はその上に立っている女性を見上げる。
司法書士の安井小百合は小田事務所の紅一点、といっても他には法科を卒業して司法試験勉強中のパラリーガル遠野譲がいるだけだ。
「見ればわかるやろ、電球切れてん」
関西弁を話す長身に赤い髪の彼女は、きっぱりさっぱりの姉御肌だ。
「だから、明日にしろって言ってるだろ」
奥の書庫から現れた小田は、太り気味の腹を気にしているが、頑健そうな体格といい、なかなかしっかりした顔つきといい、少々髪も後退し始めているものの、見るからに切れそうな額の持ち主だ。
「今日やらないと、明日になったら明後日に、とか言うやんか、先生は」
天井の長い蛍光灯を取り替えると、小百合は椅子から降りる。
「工藤さんまで雁首揃えて、どないしたん?」
「珍しいじゃないか。まあ、そんなところで不景気な面して突っ立ってないで座ったらどうだ?」
小田が笑って二人をソファへと促した。
「長田プロを探ってるのか?」
「どうせロクでもない女優の消息とか、ライバル社の探りなんか誰がやるよ」
いきなり喧嘩口調で切り出した工藤に、小田も応酬する。
「長田プロは十分ライバル社だろうが」
「お前の依頼じゃなくて、良太の依頼だからな」
仏頂面の工藤に、小田はニヤリ。
「良太、アイスコーヒー飲む?」
そんな二人にお構いなく、キッチンから小百合が聞いてくる。
「はい、いただきますぅ」
初めは驚いた良太だが、いつも工藤と小田はこんな調子なのだ。
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