夏休み1

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   ACT 1
  
 
 八月の太陽は惜しげもなく力強い陽射しを世の中に降り注いでいる。
 夏、summer、夏休みとくれば、海、山、避暑、旅行!
 誰の心の内にも俄かに遊びのムシが騒ぎ出す季節である。
 いつもはああしろこうしろと席を動こうともしない額が薄くなりつつあるオヤジであろうが、キーボードの影に隠れて今日のネイルアートはサイコウなんて長いツメばかりを見つめているオフィスレディであろうが、ムシの居所は大して変わらない。
 ただし、彼らには『夏休み』という『お慈悲』を会社から頂戴する確固たる権利があるわけだが。
「夏休み? どこにそんなものが転がっている?」
 なんて言葉で一蹴されてしまう環境とて中には存在する。
「だって、ずっと俺、もう一ヵ月以上働きづめなんっすよ? せっかく夏、なんっすよ? 今休まないで、いったいいつ遊ぶってんだよぉ?」
 情けない声を張り上げてごねまくっているのは、小笠原裕二、現在若手の中でもぶっちぎり人気、実力ともにNO.1を誇るイケメン俳優である。
 事務所の社長にギャラその他を丸々持ち逃げされ、宙に浮いていたところをつてを頼ってこの会社に移籍したのはつい最近のことだ。
「自分の立場が何なのか、お前の頭からはつるつる抜け落ちているらしいな? つまらんゴタクを聞いている暇はない」
 凄みを含んだ視線でその小笠原を威圧するのは、年齢とともに渋みを増したクールガイ、工藤高広。
 ここ株式会社青山プロダクション社長である。
「だってさー、ゴールドコースト、マウイ! 波が、海が、俺を呼んでいるんだっ!」
 芝居がかった台詞を吐き散らすと、小笠原はくるっと横を向く。
「な、な、良太ちゃん、お前からも頼んでくれよ、んでさ、一緒に行こうぜ? なーに、費用は俺に任せろよ。どーんと大船に乗った気持ちで楽しもうぜ」
 傍で小型タブレットで自分のスケジュールを睨みつけていた良太の肩に、小笠原は馴れ馴れしく腕を回した。
「何、たわごとほざいてんだよ? 明日は映画の舞台挨拶あるし、明後日からドラマのロケに入るし、当分休みなんか無理無理」
 広瀬良太、表向きはプロデューサー兼社長秘書という肩書きを持つ二十六歳の若者である。
 この良太にさらりと切り替えされて、小笠原はぶすっとした顔で舌打ちする。
「なーんか、お前、口調まで工藤に似てきたんじゃねー?」
 そう返されると、さすがに良太もうっと言葉に詰まる。
「俺は事実を言ってるだけだ。ほら、真中が困ってるだろ、さっさと行けよ。これからドラマの打ち合わせ入ってるんだろ?」
 良太はドアの前でさっきからおろおろと突っ立っている、茶髪の若者を振り返る。
 ようやくそれこそつてを頼って見つけた、小笠原のマネージャーだが、まだまだ駆け出しで、どちらかというと付き人のような状況かも知れない。
「だってよー……」
「ぐだぐだぬかすんじゃない! とっとと行け!」
 まだ何か言おうとしたところへ、工藤の雷が落ち、小笠原は不承不承、真中を連れてオフィスを出て行った。
 ったく、大物なんだか、ガキなんだか。
 良太はため息をつく。
「えっと、今日明日のスケジュール確認ですが、今日は羽田十六時発ANA69便、新千歳空港到着が十七時半の予定です。向こうではSAプロの坂本さんが迎えに来てくださいます。明日は十時半発ANA15便で、羽田着が十二時、お迎えに上がります」
 工藤は仏頂面でタブレットに向かいながら、それを聞いている。
 冗談じゃないぞーー! ニンピニンの工藤なんかに似てきてたまるか!
 工藤をチラッと見やり、心の中でブツブツ文句を言いつつ良太はスケジュールの画面に視線を戻す。

 


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