夏を抱きしめて1

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  ACT 1

 
 強烈な陽の光に、元気は目をすがめるようにして快晴の空をちらっと見上げた。
 セミも声を大にして夏だと教えてくれるし、まだ朝の十時前というのに、気温はぐんぐん上がっている。
 そんな声を大にしなくても充分わかってるよ、セミたち。
 今日は冷たいものがかなり出るだろう。
 元気は朝ちょっと出遅れたのを思い出すと、紫色の小さな花束を大事そうに抱えなおし、のんびりとした歩調を少し速めて彼の城『伽藍』へと急ぐ。
「おう、元ちゃん、おはよ」
「はようっす」
「こら、暑うなるなぁ」
 軒を連ねる土産物屋の主人も汗だくになりながら準備をしている。
「もう、とっくに暑いよ~」
 古い町並みの通りにあって、昔の土蔵を改良した造りの喫茶店は元気の父親が始めたものだ。
 物心つく頃には、元気はカウンター越しにコーヒーを淹れる父親の姿を見ていた。
 穏やかでニコニコ笑ったところしか覚えていないほど、父親は優しい人だった。
 「明日は明日の風が吹く」が口癖の父親だったが、元気が大学を卒業してロックバンドGENKIに専念し始めた頃急逝したため、元気はバンドを脱退し、東京から郷里に戻って店を継いだ。
 元気にもまあ、いろいろあった。
 逃げ帰った、ともいえるかもしれないが、第二の人生を郷里で始めたことに悔いはない。
 T市は盆地なので夏は蒸し暑いし、地元民にとってはそれ相応の暑さなのだが、東京や名古屋の暑さとは比べるまでもない。
 初めて上京した年の夏、あまりの蒸し暑さにやられて腹をこわしてしまったことを元気は思い出す。
 ただ、ここのところの温暖化で、確実に気温が上がっているのは確かだろう。
「おはよ」
 開店してからの客が一段落してテーブルを整えていると、ドアが開いた。
「おはよ。あれ、紀ちゃん、今日は可愛い」
 近所の造り酒屋の娘、石井紀子は『伽藍』にとっては貴重な助っ人要員である。
 夏は昼少し前あたりから手伝いに来てくれている。
 オレンジのTシャツと黄色に白の折り返しのついたショートパンツには、すんなり日焼けした健康そうな肌がよく似合っていた。
「そう?」
 すぐにどこで買ったの見た途端これしかないと思ったの、といつもの明るいおしゃべりが始まると思ったのだが、元気の予想に反して紀子はムッツリのままだ。
「どしたの? なんか顔が怒ってるよ」
 紀子が動くたびクリスタルのピアスがキラリと光る。
 黙ってテーブルの上を布巾で拭き始めた紀子に、元気はちょっと首を傾げながら、庭でつんできた可憐なミヤコワスレを一輪ずつグラスに入れてテーブルに置いていく。
「だって可愛くないったら、元気ってば!」
 唐突に怒鳴りつけられたのは、ややあってからのこと。
 開店から冷たい飲み物が出続けたため、カウンターの中で必死に氷を砕いていた元気は、はあ? と顔をあげる。
 いや、別に俺は可愛くなくてもいんだけど。

 


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