標高の高いこの街の朝は窓越しの風だけで十分に涼しい。
良太はむき出しの肩が寒くなって、目を閉じたまま上掛けを引っ張り上げた。
気だるい身体は重くて起き上がりたくもなかったが、それでも厚ぼったいカーテンの隙間から洩れる朝の光を感じてうっすらと目を開けた。
この屋敷の家具調度は古く、都会とは隔絶された空間にいることを思わせる。
もう怠惰にずっとベッドの中でうだうだしたいと、良太はまた目を閉じた。
だが、顔をあたりさっぱりとした様子でバスルームから出てきた工藤が、「メシができてるぞ」と言ったのが聞こえて、良太はベッドの上に起き上った。
「やっぱ杉田さんがもう来てる?」
「早々と電話で叩き起こされた」
良太は電話の音にも気づかず熟睡していたらしい。
「まだ寝ててもいいぞ。メシは取っておいてもらえば」
ベッドサイドのテーブルに置かれた時計は九時を知らせている。
「………起きる…………」
半分も覚醒していない脳みそのまま、良太は何とかベッドから這い出した。
それから二十分もしないうちに、カラスの行水でシャワーをあびてスウェットを着込んだ良太は、階下のダイニングテーブルで、オムレツやベーコン、トマトやレタスのサラダをパクパクと口に運んでいた。
「ぼっちゃん、もういいんですか? トースト一枚残ってますよ」
既に新聞を読み始めた工藤に、コーヒーをカップに注ぎながら杉田が言った。
平造御用達の美味しいバターを塗ったトーストは二枚ずつ用意されていたが、ミネストローネスープとともにとっくに良太は腹の中に収めていた。
「そこの幼稚園児と大差ないぼっちゃんと違って、こっちはもうぼっちゃんとか呼ばれるような年でもないんでね、もう充分頂いた」
それを聞いていた良太はほんのちょっと吹き出して、上目遣いに向かいに座る工藤を見た。
相変わらず工藤は、杉田の、ぼっちゃん呼ばわりに抵抗したいらしい。
「すみませんね、もうクセですから、ぼっちゃんはぼっちゃんです」
まあ、確かに、子供の頃から面倒を見ていた相手なら、大人になっても四十を越えてもぼっちゃんはぼっちゃんなのだろう。
ドラマ「からくれないに」の原作者である推理小説家の小林千雪が、彼の従姉で現在東洋商事CEOの綾小路紫紀の夫人である小夜子に、いつまでも千雪ちゃん呼ばわりをされるとぶーたれていたが、子供の頃から知っていれば今更な話のようだ。
でもやっぱ、何で小夜子さん、俺まで、良太ちゃん、なんだ?
良太は以前にも同じ疑問を抱いたのだが、業界でよくちゃんづけで呼ばれたりするのとは、どこか違う気がするのだ。
たまにこの別荘に青山プロダクションの社員やタレントが遊びに来た時にも杉田が手伝いで来てくれたりするので、杉田にはとっくに、良太ちゃん呼ばわりされているが。
杉田は工藤と自分の関係をどう思っているのだろうと、良太は心配になったこともあったのだが、何のわだかまりもなく、優しく接してくれる。
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