「そういえば、ナータン、大丈夫? 一人で」
亜弓は良太の猫を心配して聞いた。
「今朝、ご飯は置いてきたし。明日は会社の鈴木さんが見に来てくれるって」
本当は連れてきたかったのは山々だが、荷物は多いし、鈴木さんが部屋を覗いてくれると言ったので、有り難くお願いすることにした。
ナータンは人懐こいので、みんなに可愛がられている。
「二、三日食わなくても死にやしない」
なーんていうやつも約一名いることはいるが。
また工藤の仏頂面が頭を掠めるが、良太はふん、とばかりにそれを振り払った。
食事を終えると、一家揃って近くの神社に初詣に出かけた。
「お兄ちゃん、変な女に掴まってないでしょうね」
正月をのんびり温泉地でくつろごうという観光客があちこちでそぞろ歩く中、亜弓は良太の腕をしっかり掴んで、こそっと耳打ちする。
「そんなわけないだろ」
「そう? でも決まった彼女、いてもおかしくないよね?」
いきなり亜弓がダイレクトに聞かれて、良太はちょっとドキッとする。
「だから忙しいし……」
「ほんとぉ? 怪しい!」
ごにょごにょと口ごもる良太に亜弓がさらに突っ込みを入れる。
「お前こそ、変な男に引っかかるんじゃないぞ。彼氏ができたら、兄ちゃんに会わせるんだぞ。ちゃんと見定めてやるから」
良太は慌てて自分の話から亜弓へとすりかえる。
「お兄ちゃんじゃあるまいし。あたしは見る目があるもの」
「え、いるのか?!」
まじまじと亜弓を良太は覗き込む。
「えー、今はいない」
しれっと亜弓は言った。
「今はってお前……」
「やーねー、私、もてるもん。大学でもそれなりにいたわよ。でも今は就職で頭が一杯」
確かに、贔屓目にみなくても亜弓はもてていた。
中学、高校と、亜弓はちゃんと良太にも紹介してつきあっていたから、当然彼氏がいたら紹介してくれると思っていた良太は、ちょっとショックだ。
それも亜弓がもうひとり立ちしているということかとは思うものの、やはり少し寂しい気がする。
「お兄ちゃんこそ、心配よ。ただでさえ怪しげな業界にいるんだから」
怪しげな世界、か。
自分でも、業界に足を踏み入れるなんて思ってもいなかった。
それによもや男を好きになるなんて。
しかし考えてみると、家庭料理に飢えているような工藤には、それこそ温かい家庭を作ってくれるような奥さんがいた方がいいに決まってる。
そういえば、千雪さんにご執心なのも、昔の恋人の名前が『ちゆき』だったのがきっかけだって………。
その人が生きていたら、工藤は今頃、幸せな家庭を持っていたのだろうか。
良太はその、ちゆき、なる女性がどんな人だったのかは知らない。
ひとみや平造の話や、工藤の大学の同期で青山プロダクションの顧問である小田弁護士から少し聞いただけだ。
すばらしい美人だったらしいけど。
その、ちゆき、という人も大学の同窓だったというから、小田になら写真くらい見せてもらえるかもしれない。
どのみち亡くなった人と張り合えるわけがないし。
でも――――――その人でなくてもやはり、工藤にふさわしい女性と家庭を作った方が工藤のためなのでは?
そんなことを考えて、知らず知らず、良太の足が止まる。
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