「もちろんさ、誓うとも! 俺は誓いを破ったつもりはなかった」
ハンスは首を振り、大きく一つため息をついた。
「でも彼女は知ってた。多分俺より。心の中に誰がいたか。ま、それも一巻の終わりだったけどな。あの坊やだったとはな。今思えば、三年前のレースの時、あの坊やがピットに現れてからだ、それまでぐいぐい向こう見ずでぶっ飛ばしてたアレクセイのハンドル操作が急に堅実になった。おそらく微妙な変化だから昔からあいつを見ている俺くらいしか気づかなかったかもしれないが」
ケンはハハハと笑った。
「あの時ね。あいつちょっとやけになってたのかもな。俺が妙な忠告したから」
「え?」
「軽い遊び相手を選ぶんなら、親が絡むような子供に手を出すなって。そしたらナイスなタイミングでスターリングからアレクセイにお呼びがかかって」
「息子にかかわるなとか?」
「いや、ほんと、アレクセイが戦々恐々と長官室に行ったら、うちの仕事やるんだったらF1とか危ないからやめた方がいいんじゃない、みたいな」
「なるほど」
「まあでも、あの頃、アレクセイは本気でロジァのことを考えてどうするべきか悩んでいたんだと思う。で、結局ああなった。俺の老婆心も関係ない、あの二人って何ていうか会うべくして会ったっていうか、互いに探していたピースがピタリはまったみたいな、そんな感じ。ハンスやスターリングには悪いけど、何か離れがたい存在なんだと思う」
ケンはハンスのためにもはっきり言っておいた方がいいと判断して、そう言い切った。
「そうか。いや、俺は二月の段階でもう割り切ったよ。そうとわかって何か憑き物が落ちたような気がした」
ハンスの声は確かに晴れ晴れとして聞こえた。
「お互い吹っ切ったってことで」
ハンスはいつの間にか空になっていた二つのグラスに琥珀色の液体を注ぐと、グラスを合わせた。
コクのある香りのせいでケンはいつも以上飲んでいた。
吹っ切れたというにはケンはまだ疲れを感じていた。
おそらくハンスにしても心の奥にまだ癒されていないところもあるに違いない。
ただそれでも、お互い前に進むしかないことはわかっていた。
ハンスの話題は仕事の話から、自分の住むミュンヘンの話になり、それからビールの話で二人は盛り上がった。
ほとんどバドワイザーくらいしか飲まないというケンに、ハンスはあれは味のついた水だ、本物の美味いビールを飲ませるからぜひミュンヘンにも来いという。
ハンスは饒舌になり、ケンは笑った。
グラスを取ろうとしたハンスの指がケンの腕に触れた。
次にはハンスの唇がケンの唇に触れた。
一瞬戸惑いを見せたケンだが、再び唇が重なっても拒むことはなかった。
男に唇を奪われながらそれを嫌とも思わないのは酔って感覚が鈍ってしまっているからかもしれなかった。
そういえばいつだったか、酔っ払ってアレクセイともキスしたっけな……
夏の緩い空気やコニャックの芳醇な香りのせいにしてしまいたかったものの、ケンはこの部屋に入った時からこうなることが何となくわかっていた気がした。
ただ、いつぞやはアレクセイと酔っ払って絡まって朝まで眠ってしまっただけだったが、今回は違った。
ケンをソファに組み敷いたハンスは手慣れた仕草でケンから着ている物を脱がせ、丹念な愛撫でケンから強張りを解き、身体を重ねた。
無論、ハンスに触れられることを嫌だと思わなかったことが大きな理由だろうが、そんな風に愛されることの心地よさを享受してしまった自分に、朝、目覚めたケンは驚いていた。
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