東京へ行こう 8

back  next  top  Novels


「せっかくケンさんが来てくれたんだから、今夜は奮発してお寿司にしましょ!」
 奈美が言った。
「お蕎麦はお寿司のあとね」
 途端、わあっと少年たちが歓声を上げる。
「信道、お前部外者だろ?」
「かたいこと言うなよ。幼馴染じゃん」
 大晦日の夜は蕎麦を食べて、十二時近くになると除夜の鐘を聞きながら年明けを祝い、神社とかに初詣に出かけるのだと、ケンは純から説明された。
「へえ、初詣か、面白そうだな」
「じゃあ、特別に俺が連れてってやるよ。寝ちまうなよ?」
「大丈夫、飛行機の中で十分睡眠は取ったから」
 さらに日本の正月はまず雑煮を食べておせち料理を食べるのだと純に教えられる。
「なるほど、ホテルで頼んでみるよ」
「なあに言ってんだよ、うちに泊まればいいじゃん。ホテルなんてもったいないからキャンセルしろよ」
 既に支払いも済ませているからとケンは遠慮したが、純は親がとにかく今夜はうちに泊まれと言っていると頑としてきかない。
「じゃあ、今夜は泊めてもらうよ。ただ、純、教えてほしいことが」
 ここにいる人々が心から自分を受け入れてくれていると、ケンは理屈抜きに実感できた。
「何だよ? 残念ながらベッドじゃないし、うちは狭いから雑魚寝みたいなもんだけど、ま、そこんとこは文句言うなよ」
 純はニヤっと笑う。
「いや、そうじゃなくて、実際会えるかどうかわからなかったし、皆さんの好みもわからなかったから、何も土産を用意してこなかったんだ。できればお祖父さんお祖母さん、おじさんおばさん、それに君や享が好きなものとか教えてほしい」
「なーんだ、んな、かたっ苦しいこと考えなくていいんだって。じいさんもばあさんもあんたが来てくれたことだけで喜んでるんだから」
「けど、俺の気持ちの問題だから」
 純は、ふーんとちょっと首を傾げる。
「んじゃあ、『杉屋』の豆大福だな」
「スギヤノマメダイフク?」
「初売りで買えばいい。そういや、いつまでいるんだ?」
 思い出したように純が尋ねた。
「休暇は一週間もらってる。そうだ、純、母の生まれた家も訪ねたいんだが、どう行けばいいか教えてくれるかな?」
 ケンの問いかけに、純は急に難しい顔をして黙り込んだ。
「あんたの気持ちはわからないでもないが、俺はあまりお勧めしない。が、どうしてもって言うなら」
「ああ、父との結婚に母の両親が反対していたとか」
 両親の身元が分からなかった理由には、色んな事情が絡まり合っていたこともあったようだ。
 そんな事情を抱えながらも、二人きりにもかかわらずニューヨークでの新しい生活に両親が抱いていただろう夢をこともなげに奪った犯人に対してケンはつくづく憤りを覚えた。
 だが、その憤りをぶつけようにも、いくつもの強殺を繰り返して刑務所に服役していたその犯人は獄中で病死している。
 自分だけでも覚えていなければ、すべては過去へと追いやられてしまうだけだろう。
「そうだ、酒、買ってこなきゃあな」
 唐突に純が立ち上がった。
「おう、肝心のもんがねぇんじゃな。美味い酒、買って来いよ」
 文也が注文を付けた。
「ほら、あんたも一緒に行こう。この辺り案内しがてら」
 純がケンを促した。
「わ……」
 ケンはコートを持って立ち上がろうとして、さすがに長く正座をしていたため、ふらついた。
「かしこまって正座なんかしてるからだ」
 ワハハと純が笑う。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます