春雷10

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 これまで、沢村とのでっち上げネタをマスコミに提供したりしているが、実際アスカと沢村とは無論全く何もないわけで、アスカが好きだと昔から公言しているのは小林千雪だし、それも良太がからすると、今やアイドルを好きな推しの心理に近いのではないかとも思う。
 そうすると良太が入社してからアスカには全くそういう浮いた話一つないことになる。
 かつてエリート商社マンだった秋山も、濡れ衣を着せられて事件に巻き込まれたことで恋人に裏切られて以来、そんな相手がいたためしもなく、良太が入社する前からずっとアスカと二人三脚でやってきたわけだ。
 モデルをやっていたせいか、四分の三が欧米人だからか、スキー合宿の時などもバスローブ一枚で平気でうろつくようなアスカのお守りは、もう秋山じゃないと無理だろうとも思えるし、阿吽の呼吸の二人を見ていてこの二人は案外割れ鍋に綴じ蓋なのではないかと良太は最近思うようになった。
 ひょっとして、その佐藤さんの存在が、二人の関係に一石を投ずることになるかも知れない。
 吉と出るか凶と出るかはわからないが、秋山の真意を聞きだすことができれば。
 アスカの飲みっぷりからして、あまりいい精神状態ではないことだけは確かだ。
「もうその辺にしときましょう、アスカさん」
 またグラスに注ごうとしたワインボトルを良太は取り上げた。
「肌にも悪いし、タクシー呼びますから」
「まだ、いいじゃない! 明日、午後からだし」
「ダメ。俺が秋山さんに怒られます」
「秋山さんが怒ろうが怒るまいが関係ないわよ!」
 そう言った途端、アスカの目からポロっと涙が零れ落ちる。
「アスカさん」
 良太は少し驚いた。
「え、何コレ……」
 アスカは指で拭うのだが、涙はあとからあとから溢れて落ちる。
 その様子を見た亜弓がアスカにそっと寄り添うようにその肩を抱いた。
 酒のせいもあったのだろうが、気が強いところしか見たことのないアスカがしばらくしゃくり上げるようにただ泣いているのを見て、はあ、と良太は大きく溜息をつく。
 これは完全にアスカさん、気づいちゃったってってやつだな、眠っていた感情に。
 しばらくそっとしておくか。
 本来なら秋山さん呼ぶとこだけど、今回はやめとくしかないな。
 と、その時、良太のポケットで携帯が鳴った。
 ワルキューレではないから工藤でもない。
「沢村?」
 もう十一時になるが、一体何だ?
 画面に浮かぶ文字に何やら悪い予感がして、良太としては、特にこんな状態でできれば無視したいところだったが、まがりなりにもWBCに参加する期待の人気スラッガーだ、無碍にもできなくて電話に出た。
「まだ起きてるよな?」
 電話の向こうで沢村が言った。
「何だよ、一体」
「ちょっと開けろよ。今ドアの前にいる」
「はあ????!」
 良太は正直面食らった。
 この状況をどう対処すべきか、考えがつかないまま、ドアを開けた。
「特上の美味い酒だ。今夜から工藤、いないって言ってたよな」
「おい、ちょ、待て!」
 沢村は良太の制止も聞かず、たったか中に入って行く。
 猫たちはとっくにタワーのてっぺんに避難している。
 そして沢村は炬燵に陣取っている先客二人を見下ろした。
「何で沢村が来るのよ!」
 アスカの隣で、それでも小声で亜弓が文句を言った。
「良太に会いに来たに決まってるだろ。お前こそ何だよ」
 やっと涙は止まったようだが、アスカは目を閉じて亜弓の肩に頬を持たせかけている。
「そういえば、アスカさんと沢村のスクープってあったよね」
 亜弓は思い出して良太を見た。
「ああ、あれは……」
「フェイクだ」
 口籠る良太の代わりに応えた沢村は吟醸酒を炬燵の上に置き、持っていた袋からイカの塩辛や燻製などのつまみを取り出すと、キッチンからグラスを二つ持ってきて良太が座っていた場所に腰を下ろす。
 たったさっきよく似たシーンがあったと、デジャビュのように良太は思い返した。

 


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