十四日は朝から『今ひとたびの』のロケがあり、下手をすると夜までということもあり得るのだ。
「ほな、十枚預けとくよって、ぜひ行ってやってや」
三田村が言った。
「千雪さんらは?」
「もちろん、十枚渡して来た。小夜子さんとか行けるか知れんいうとったが。研二にも頼んできたけど、バレンタインデーやからな、店は一日フル稼働やろし」
はあ、と三田村はため息を吐く。
「忙しうて配ってないとか、桐島に知られたら三行半やで」
良太は笑う。
「笑いごとやないで、ほんま」
「あ、プラグインとか佐々木さんとこは?」
「プラグインには置いてきた。佐々木さんとこは直ちゃんに渡して来たけど、佐々木さん、メチャ忙しいらしいし」
バレンタインコンサートか。
沢村も、佐々木さんさえ身体が空けば、コンサート行けるのにな、十四日ならまだこっちだし。
そうだよな、佐藤さんのことが何もなければ、アスカさんも秋山さんとコンサートデートとかできるのにな。
ふとそんなことを考えながら良太は三田村の向かいに座って、鈴木さんの置いてくれたコーヒーを飲んだ。
「でもバレンタインってやっぱ、一人で行くのも面白くないですよね」
「まあ、せやなあ。うっかり一人で行って、好きなヤツがカップルで仲ようしとんの見るとか、あかんわなあ」
「何ですか、その、具体的過ぎる例えは」
笑いながら良太は突っ込みを入れる。
「まあ、そんなんもようある話やいうこっちゃ」
そんな話を聞くと、つい、良太はアスカのことを考えてしまう。
自分のことは棚に上げてだが、万が一、秋山と佐藤がどうかなった場合、アスカは秋山と仕事をしていけるんだろうかと。
「研二のやつもなあ………」
窓の方に顔を向けながら、三田村がボソリと呟いた。
「研二さん?」
一月末に行ったスキー合宿の主催者は小林千雪の相棒で、綾小路紫紀の弟、京助で、合宿中の食事は全てこの京助と研二が用意してくれた。
日比谷の芝ビルにある甘味処『やさか』のオーナーで和菓子職人の研二は、茶懐石も扱うシェフでもあるが、大学の法医学教室に籍を置く准教授である京助は体育会系で面倒見がいいだけでなく、料理の腕はプロはだしだ。
スキーの合間に良太は研二や京助から暇を見て簡単な料理を教わった。
食生活が乱れっぱなしの工藤のためにせめて朝食だけでも食べさせようと思ったのだ。
研二は寡黙だが優しい。
ただ、特に優しい笑顔を向けるのは千雪に対してだけだと、良太は感じていた。
「気の遠くなるような………」
三田村は言葉を切った。
「千雪さん、ですか」
良太はそういえば、と以前能楽師の檜山匠が言ったことを思い出した。
匠は研二のことを好きなのだと。
でも研二はずっと千雪を見ているのだと。
「まあ、人の心なんか、思い通りにならへんもんやし」
三田村は苦笑して立ち上がり、「ほな、よろしゅうに」とオフィスを出て行った。
気の遠くなるような、か。
良太は三田村が呟いた言葉を反芻した。
あんな風に、あんなに優しく、誰かを思い続けるなんて………。
でも、やっぱりその人にしか思いが向かないって、どうしようもないよな。
どこもかしこも、思うばかり、だな。
自分の言葉が自分の心に刺さったかのように胸のあたりがきゅっと痛くなった。
「良太ちゃん、コンサート、行けそう?」
鈴木さんの声に、良太はハッと我に返った。
「ああ、どうかなあ。その日になってみないと的な感じです。鈴木さんは?」
「そうねえ。娘はきっとデートの約束がありそうだし」
「あ、そうなんだ。でも、お一人でも行かれたらいいのに」
「そうね。ピアノのコンサートなんて、随分久しぶりだし」
鈴木さんは笑い、チケットを一枚バッグに仕舞った。
ピアノのコンサートか。
ほんと、カップルならこれ以上ないイベントだよな。
亜弓がもっと近くに住んでれば渡したんだけど。
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