「何かほら、ひょっとして結婚してもいいかな、って思ったんだよね。だから余計、気になっちゃったって言うか。同僚で、結婚したら相手がDVで離婚するのに大変だったって人がいてさ」
「そうなんだ。ちょっとヘビーだね、それ」
亜弓が不安になるのこわからないでもないと良太は眉を顰めた。
「うん……教員だから、彼女隠れたりしないって、毅然としてるけど。ジムでボクシングとか始めたし」
「すご………」
思わずそんな言葉が良太の口をついて出る。
「学校にも警察にも言ってあるけど、元ダンナがまた近づいてきたりしないかっていつも警戒してる」
「そうか………」
DVとか良太には実感としてわからないが、被害者は必死なのだ。
「でもお前ら付き合い始めなのに、やたら深刻に考え過ぎてないか? ほんとならもっとハッピーなんじゃないの?」
「それはまあ、そうなんだけどさ」
今度は亜弓もまんざらでもないという顔をしてコーヒーを飲む。
「それで?」
「え?」
「お兄ちゃんはどうなのよ」
今度こそ聞き出さずにはおかないぞという目で亜弓は良太を見た。
「俺は………」
どう説明しようかと逡巡しながら口を開きかけた時、玄関のドアホンが鳴った。
「え?」
良太は怪訝な顔でドアの方を見た。
「え、工藤さん?」
亜弓も振り向いて聞いた。
「いや、工藤さんは今日から大阪だし、誰だよ、こんな時間に」
時刻は十時になろうとしている。
と、またドアホンが鳴って、ドアをノックする音がした。
「ちょっと、開けてよ、良太」
「ええ? アスカさん?」
良太は慌てて立ち上がると、玄関のドアを開けた。
「どうしたんです? こんな時間に」
「寒―い! ワイン買ってきたの。飲むでしょ?」
アスカはデリカテッセンの袋を手にすたすたと中に入って来て、初めて亜弓に気づいた。
「あ、悪い。亜弓さん、来てたんだ?」
「アスカさん、こんばんは」
亜弓はいきなり現れたアスカに、一瞬呆気にとられたものの、すぐに気を取り直した。
「ちょっとさあ、聞いてくれる?」
アスカはワインを袋から出して炬燵の上にドンと置き、キッチンの引き出しからワインオープナーを探し出し、棚から勝手にグラスを三つ持ってきた。
「アスカさん、もういい加減飲んでるな」
良太は怪訝な顔でアスカがちょっと酔っているらしいと気づいたが、アスカはお構いなくワインを開けるとグラスにカパカパ注いで炬燵の空いている側に陣取った。
「ごめんね、亜弓さん、今日あたし久々オフで、工藤さんも今日からいないからって思ってきちゃったんだけど」
今さらという感じでアスカが言い訳した。
「え、いえ」
亜弓も何と言っていいのかわからないという顔で良太を見た。
「で、何かあったんですか?」
良太が切り出した。
「うん、あのさ」
アスカにしては珍しく、歯切れが悪そうにデリカテッセンで買ってきたソーセージやチーズを袋から出して炬燵の上に並べる。
「あ、あたし、じゃあ、帰ります」
気を利かせて立ち上がろうとした亜弓を「いいの、全然、あたしがあとから来たんだから、気にしないでいて!」とアスカが引き留めた。
「何か最近、秋山さん、ちょっと変じゃないかなと思って」
良太に向き直り、アスカが言った。
「秋山さん?」
アスカの口から意外な方向の話が出たので、良太は聞き返した。
「そう。スキー合宿から帰ってから」
「ええ……?」
スキー合宿に行ってからもう二週間以上になるのだ。
合宿から帰って以降は仕事に埋没していたし、秋山と顔を合わせたのも数回なので、良太には記憶を辿っても心当たりがない。
「いや、いつもの通り、クールな感じですけど、変ってどう変なんですか?」
「何か最近、仕事以外の電話、ちょくちょくしてて、あたしが撮影に入ってる時とか」
「それは、秋山さんにもプライベートな電話くらいはあるのでは。ってか、何で仕事以外ってわかるんです?」
「表情でわかるわよ、相手が仕事相手かどうかくらい」
それはかえってすごい、と良太はアスカを見た。
「一度聞こえたのよ、佐藤さんって」
「佐藤?」
その名前には良太も聞き覚えがあった。
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