小樽は朝から雪が舞っていた。
二月も終盤とはいえ、さすがに凍えるような寒さの中、撮影は早朝の運河周辺で行われていた。
寒さのせいでさっさと終わらせたかったのかどうか、珍しくゲスト主役の山之辺芽久がたいして文句も口にすることなく、しかもリテイクなしでシーンを撮り終えた。
老弁護士の事務所で研鑽を積んでいる若手弁護士海棠の昔の恋人という重要な役どころだが、モデル出身の山之辺は噂に違わず我儘全開で、このドラマ制作でも問題児となり、スタッフや周りの人間を振り回してきた。
山之辺のせいで撮影時間が大幅に伸びるなんてことはしょっちゅう、おまけに脚本家と監督が打ち合わせの段階からいがみあい、とばっちりはプロデューサー工藤高広の代行である広瀬良太に降りかかってくるわけで。
それを見越してこのロケにも十分にと三日間のスケジュールを取った良太だったのだが、少々肩透かしをくらわされた形だ。
山之辺はこんな寒いところにこれ以上いたくないとばかり、札幌からさっさと東京に帰ってしまった。
「せっかく空いた時間なんだし、良太、ラッキーな休暇だろ? 明日までゆっくりすれば?」
海棠役の志村義人は良太が社長秘書兼プロデューサー兼雑用係として籍を置く青山プロダクション所属の人気俳優だ。
志村のマネージャーの小杉と三人で昼を食べた後、ホテルのラウンジに戻ってきたところだ。
端正な容姿と演技を離れればクールな雰囲気の志村は椅子にゆったりと座り、コーヒーを飲む。
「はあ、まあ、そうなんですけど……なんかいきなりぽかっと空いちゃって、どうしようって感じですよ」
向かいに座る良太は、また、はあ、と椅子に凭れ掛かる。
「工藤さんのワーカホリックがうつったんじゃないの? 仕事してないと安心できないとか?」
「やめてくださいよ、工藤さんと一緒にしないでください」
志村のからかいに良太はついむきになる。
ったく、あんなオヤジと!
良太が心の中でつい思い出してしまった青山プロダクション社長、工藤高広は在京のキー局の一つであるMBC時代から鬼とさえ言われ、冷酷非道とも噂されながら辣腕プロデューサーとして知られた男だった。
この会社を興してからも規模は小さいながら業界でも存在感は一目置かれ、業績は右肩上がりだが、工藤の特異な出自により万年人手不足、常に仕事は飽和状態だ。
工藤のみならず社員である良太も東奔西走して駆けずり回る日々である。
このドラマだって、自分に都合が悪くなったもんだから、俺に丸投げしてくれちゃってさ!
というのも実は山之辺は昔工藤と噂になったこともあり、しばらく海外にいたが最近戻ってきたと思ったら、事務所の策略だろうスポンサーに取り入ってこのドラマに出ることになったようだが、工藤さえそれを知らされておらず、制作サイドとスポンサーが話題作りのために開催したプロモーションイベントで、いきなり現れた山之辺が工藤にキスするというセンセーショナルなハプニングに見舞われた。
記者会見が始まる前だったとはいえ、マスコミは俄然このハプニングを面白おかしく取り上げてくれたため、以来工藤はなるべく撮影には近寄らないつもりらしく、良太に丸投げ状態というわけだ。
お蔭で、色々と経験させてもらっていますよ、だ。
心の中でブツブツ呟きながら良太はコーヒーを飲んだ。
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