「志村くん、ここなんかいいんじゃないか?」
志村の隣でさっきからタブレットで何やら探していたらしい小杉が、画面を志村に見せる。
「いいですね、ここにしましょうか」
「え、何ですか?」
頷く志村に、良太が尋ねた。
「せっかく思わぬオフになったし、近くの温泉でも行こうかって言ってたんだ。良太ちゃんも一緒にくるかい?」
小杉が笑顔で言った。
「え、いいですね、それ」
そう答えながらも、良太は別のことを考えていた。
実は昨日、工藤からドラマの撮影状況を確認する電話を受けた際、新しいドラマの打ち合わせで工藤が今日の夕方札幌に行くと聞いていた。
工藤とはMBCに籍を置いていた頃からたまにタッグを組んで番組を作っていた売れっ子だがなかなか難しいと評判の脚本家、坂口陽介から話をもらい、主演を想定している俳優が札幌で舞台公演中ということで、出演交渉を兼ねての打ち合わせのために、急遽工藤も札幌へ呼ばれたらしい。
工藤が札幌に着いた頃、ドラマの撮影が思った以上に早く終わったことを報告しようと思っていたのだが、札幌ならこの小樽からJRを使っても一時間かからないはずだと、良太はとっくに調べてあった。
工藤とはここ四日程、顔を合わせていない。
いやこのままいくと、顔を合わせないまま工藤は『大いなる旅人』のロケでまたギリシアに発つだろう。
撮影が早めに終わったので、直接撮影の進行経過報告に来ました、って、アリかな……。
だったらとっとと帰れ、とか言われたりして。
第一、大事な出演交渉みたいだし、忙しいのに邪魔することになってもな。
でも、時間が空いたんで、この辺りを観光してて、ついでに寄ってみたとか………。
良太が頭の中でああでもないこうでもないと、札幌に行くためにシュミレートしていると、ポケットの中で携帯が鳴った。
「あ……すみません、ちょっと」
ポケットから携帯を取り出し、相手を確かめると席を立った。
「どうしたんだよ、オープン戦、真っ最中じゃないのか」
相手は沢村だった。
「今日はない。な、それよか何かいいアイディアないか?」
最近の沢村が考えていることなど、大概わかりきっているが、とりあえず聞いてみる。
「何の?」
「明後日、佐々木さんをせめて京都あたりに来させる方法」
沢村の答えに、はあ、と良太の口からつい溜息も出てしまう。
「何か仕事がらみで佐々木さんに京都行かせるとか、お前、考えてくれよ」
「無茶言うなよ、明後日急になんて、万が一仕事があったとしても、できるわけないだろ? 佐々木さんの都合ってものがあるんだし」
これがクールでクレバーと言われている人気スラッガーの考えることか、と言いたくなるような話を、とりあえず良太相手にだけだが、この男は平気で無茶ブリしてくる。
「試合の前の休みに俺はいくらでも東京行けるってのに、身体をきちんと休ませろってあの人絶対会ってくれないし」
「あたりまえだろ? お前、先週は東京戻って会ったんじゃなかったのかよ」
「来週までなんか待てるか!」
沢村が佐々木とつき合い始めてから、はっきり言ってラブラブ状態な恋人同士なはずなのだが、本当なら年がら年中一緒にいたい沢村と、沢村が野球選手であることを考慮して、自身の仕事も忙しい佐々木とは意見の食い違いが割とあるらしい。
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