月の光が静かにそそぐ3

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 KBCで六月放映予定のドラマ『花の終わり』のロケに二月の終わりからかかりきりで、北海道や東北方面にしげしげと足を運んでいるのだが、未だに何かにつけて悶着を起こす監督と脚本家の間で四苦八苦だ。
 何しろ、スポンサー側が山之辺芽久というモデルあがりの女優を用意したおかげで、それこそ工藤がかつて芽久にスキャンダルに巻き込まれた云々をつい先月、スポンサーサイド主催で行われたドラマのプロモーションイベントの際に取り沙汰された。
 制作サイドが宣伝効果をあげるためにわざと設定したとも言える。
 関わりあいたくないという工藤の思惑もありありで丸投げされ、こちらはサブプロデューサーとはなっているものの、良太は工藤に対してブーブー文句を言っているわけだ。
 その上、先日の小樽ロケは良太に任せていた工藤だが、ちょうど同じ時に、キー局であるMBC時代からタッグを組んでドラマ制作にあたってきた大御所脚本家の坂口陽介に札幌まで呼び出され、在京キー局のひとつでMBCとはゴールデンタイムのドラマ視聴率を争っているNBCの創設六十周年記念番組の打ち合わせに出向いたばかりだ。
 必然的にスケジュールの見直しは工藤のみならず良太にまで及ぶこととなり、つまらない雑誌記事に踊らされている暇はないのである。
「おはようございます、工藤さん。夕べギリシアから戻られたんですか?」
 テーブルを片付けながら鈴木さんが声をかける。
「ああ、これどうぞ」
 渡された紙袋から、ギリシア土産のチョコレートを取り出して、「まあ、おいしそう、ありがとうございます。あとでお茶の時間に早速開けますね」と鈴木さんは上機嫌だ。
「あ、おはようございます」
 工藤の顔を見ると、良太は一瞬戸惑いを隠せない。
 ちぇ、よりによってこんなときに限って。
 小樽ロケのあと、札幌で会って以来、それぞれの仕事で動いていて、工藤とはなかなかまともに言葉も交わせない日々が続いていたのだ。
 無愛想な表情は今に始まったことではないが、工藤はオフィスの奥にあるデスクにコートを放り、その場で電話をかけ始めた。
 あんな写真雑誌の一件さえなければいろいろと話したいことがあったのに、とまだ整理がつかない頭で、良太はいつものごとく電話の相手を怒鳴りつけている工藤の横顔をちらと見やる。
 MBC時代は鬼の工藤と異名を取り、つまらない演技でもしようものならどんな人気俳優であっても即引き摺り下ろすという、情け容赦のない、だが当たらないという言葉とは無縁とまで言われた敏腕プロデューサー工藤高広。
 母を捨ててアメリカに戻った米兵を父に持ち、欧米人並みの体躯と一見してハリウッドスターかという端正なマスクに近年は渋みも加わり、その辺の俳優よりもずっと俳優にしておきたいところだが、ダーティな出自よりもむしろ歯に衣着せぬ物言いで建前も何もないような男に、まず演技などできるはずもない。
 コーヒーを入れた鈴木さんが工藤と良太のデスクにもカップを置いた。
「あ、ども」
 鈴木さんはにっこり笑って、良太の方をポンと叩く。
 そんな時はこの会社に入ってよかったと思う瞬間だ。

 


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