透明な空気が空を一層高くしていた。
今年は朝晩の冷え込みが激しく、ここ数日少しばかり春めいた風が校庭のメタセコイア並木の枝を揺らしていくようになった。
とはいえまだコートが手放せない三月初旬の十二日は都立南澤高校の卒業式だった。
午後三時頃から「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」で卒業パーティをするからというオーナーの百合江からのお達しが、マスターの練を通じて高校関連の常連客に伝わっていた。
いつも店内でたむろしている生徒だけでなく、そのご家族もぜひどうぞ、というのも今回のパーティの趣旨だ。
二時を過ぎた頃からいつもの顔が集まり始めた。
「だいたい、何だって保護者なんか呼ぶんだよ」
長い髪にナチュラルメイクで今日は少しだけ地味目なスーツでカウンター横に立つ百合江に大きな声で力が文句を言った。
「何ゆってるの、今日くらい散々迷惑かけた親に感謝してもいいでしょう。それにいつもつるんでる仲間のご家族しかきやしないわよ」
鋭い口調で、自分よりはるかにバカでかく育った息子を、百合江はぴしゃりと制した。
テーブルには練の指示でマサや真野によってパーティ用のフィンガーフードやケーキ、クッキーなどが乗った大皿が所狭しと並べられていく。
ショーケースの前にはジュースやお茶などのドリンクがグラスとともに並び、もちろん自慢の珈琲や紅茶は練が入れてくれる。
奥のソファには力と佑人、坂本や東山、啓太の他に、坂本と啓太がパーティの話をしているのを聞きつけた甲本がちゃっかりついてきて既にサンドイッチの皿は一つ空になっている。
力の足元にはカフェの看板犬タローがのっそりと寝そべっていた。
「しっかし、百合江さん、中学の頃より若返ってね?」
「化け方も年季が入ってんだよ」
力の小ばかにした言動にガハハと笑う甲本の頭を百合江がぺしっと叩く。
「中学でいつも呼び出される親の身にもなってみなさいよ、甲本! さっき卒業式で久々あんたのお母さんと顔合わせたら泣かれちゃったわよ、やっと肩の荷が下りたって」
サンドイッチの皿をフィンガーフードの皿と取り換えて、練がまあまあ、と百合江をなだめる。
「今日はそんな奴らが無事高校を卒業して、あろうことか大学まで受かっちまったっつうめでたい日だからさ」
「ほんとよね、あろうことか! 甲本のお母さん、まさか受かるなんて夢みたいだって、もう」
「ひでぇだろ、いくら何でもうちの親も」
百合江が感心している横で甲本がお茶目な表情でわざとらしく肩をすくめて見せる。
「まあな、成瀬くんと坂本っちゃんは順当に合格だが、後はおまけってやつ?」
「そりゃないぜ、練さん、俺だって一生懸命ベンキョーしたんだぜ」
東山が抗議する。
「うちのかあちゃん、成瀬のお母さんと一緒にパーティくるって」
啓太が嬉しそうに笑う。
みんなの受験が終わるまで一人蚊帳の外で、電話をしてもうるさがられるだけだったので、やっとみんなと会えるようになったことに啓太が一番喜んでいる。
「うん、みっちゃんもパーティのこと聞いて喜んでた」
「な、成瀬のおふくろって、やっぱあの渡辺美月だよな? そっくりさんじゃなく」
佑人と啓太の会話に、甲本が割り込んでくる。
「うんまあ」
卒業式には父の一馬が出席しようかと話していた時に、そうね、と寂しげに頷いていた美月を見て、いつまでも昔のことを引き摺っている自分も嫌だったし、美月たちも佑人がそうである限り、前に進めないのかもしれないと佑人は思った。
「よかったら、みっちゃん、来てよ」
「え、いいの?」
「だってもう、面談行ったじゃない」
佑人は笑った。
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