「ちょっとそこで待ってろ」
返ってきたのは有無を言わせぬという感じの工藤の命令だった。
「でも、俺、早いとこ帰っていろいろやることが……」
「待ってろと言ってる!」
良太を振り返りもせず、工藤は強い口調で言い放つ。
これは相当怒ってるぞ、と良太は思う。
「工藤さん、でも芽久さんを送っていくんじゃ…」
「え……高広、一緒に行ってくれるんでしょ?」
良太の問いかけに芽久が顔を上げた。
刑事が質問するたび、芽久はボロボロ泣いて、なかなかまともな答えができなかった。
今もまた涙を浮かべ、すがるような目を工藤に向ける。
「うざい野郎はもう警察だ。お前のところの社長を呼んだから、おい、中井、社長がくるまで彼女をしっかりガードしてろ」
「…は、あ…」
中井はまだ心もそぞろといったようすで返事をする。
「何が、はあだ、きさま、返事もまともにできんのか?!」
「は、はいっ!」
いきなり怒鳴られた中井はようやく目が覚めたらしく姿勢を正す。
「いやよ、高広! 一緒にいてくれなきゃいや!」
駄々をこねるように、芽久は工藤の腕にしがみついた。
「いい加減にしないか! いつまでもメソメソメソメソ、十代の小娘じゃあるまいし、しゃきっとしろ、しゃきっと! ったく、どいつもこいつも!」
一喝され、芽久は涙も引っ込んだようで、掴んでいた腕を離し、きょとんと工藤をみあげた。
うげ、これって超低気圧じゃん……
ホテルだということもおかまいなしに、雷を落とす工藤の機嫌がめちゃくちゃ悪いのを感じ取った良太は、所在なさげに突っ立っている。
有吉はそのようすを端から見ていたが、ニヤニヤ笑いながら「んじゃ、工藤さん、俺はこれで」とまさしく颯爽と去っていく。
去り際もワイルドで、どう逆立ちしても良太にはできない相談だ。
ちぇ、俺が犬死してあんたに迷惑かけるかよ! 犬には犬の意地ってもんがあるんだ、チクショ!
心の中でその背中に毒づく。
胸が痛い。
俺のちっぽけな思いが、ワールドワイルドなあんたなんかにわかってたまるかよってんだ!
「帰るぞ、良太。車は地下か?」
思わずコブシをにぎっていた良太に、現実の冷ややかな命令が下る。
「…はい」
低気圧は依然として衰えそうになかった。
良太の運転するジャガーはホテルを出て青山通りを走り、外苑東通りに入る。
後部座席に乗り込んだ工藤はいくつか電話をしていたが、妙に静かだ。
良太が何気なくバックミラーを見ると、携帯を片手に窓に目をやる工藤の横顔には疲労の色がはっきり現れている。
そんな工藤を見ると、また心が軋む。
ただでさえここのところオーバーワークもいいとこなのに、今日の事件であちこちの仕事に支障をきたしたはずだ。
それを挽回するために、また、オーバーワークかよ。
ハンドルをきりながら、良太は自分の無力さが情けなくなる。
『へっぴり腰のくせに、威勢だけはいっちょまえかよ』
まさしく戦場を通り抜けてきたような有吉からみれば、良太など能天気なお気楽野郎に見えるのだろう。
どんなに背伸びしたところで、有吉や工藤と渡り合えるほどの力などないのだ。
会社まで十五分ほどの道のりがやけに重かった。
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