夏霞58

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 那須チームは、スタッフやタレントの年齢層が若く、ディレクターや佐々木が年長者というだけあって、バスの中も賑やかだった。
 清涼飲料水のCMで、今売り出し中の女子大生タレント、今中ユリカをイメージキャラクターに起用している。
 ユリカは明るい、ハキハキした雰囲気で、バスの中でもスタッフとよく笑いあっている。
「大阪帰りですか、それはお疲れのところ」
 通路を挟んで佐々木の隣に座るディレクターの持田は佐々木より一つか二つ上だが、陽気で顎から髭をたくわえた大柄な男だ。
「いや、もうずっと車に乗せてもろただけですし」
「でも、ようやく佐々木さんと仕事ができて、ほんと光栄です」
 佐々木に会ってから、このセリフは何度目かになる。
「まあ、とにかく、ええもん、創りましょ」
「そうですね!」
 かなり気合が入っている。
 こういう若い連中との仕事は新しい発見があったりして楽しいことが多い。
 持田が他のスタッフと話し始めたので、佐々木はバッグからタブレットを取り出した。
 やはり気にしないではいられないのは、オールスターゲームの沢村の打席だった。
 ネットのプロ野球専門チャンネルを見ると、既に七回表、セリーグは四対五で負けているようだ。
 佐々木にしてみれば、勝ち負けより、沢村の成績の方だ。
 イヤホンで音を聞きながら見ていると表が終わって裏のセリーグの攻撃になり、一人が出塁すると、まるで佐々木の見るタイミングを計ったかのように沢村が登場した。
 三十数年生きてきて、プロ野球をこれほど感情移入して見るようになったのは初めてだ。
 そううまい具合にはホームランは飛び出さなかったものの、沢村の打った打球は三塁打となり、同点になった。
 やったやん。
 沢村に心の中で声をかけると、まるで聞こえたかのようにカメラ目線でこちらを見た。
 続いてフライアウトの後、ファウルすれすれの長打が出て、沢村が生還、セリーグが逆点した。
 ゲームは六対五でセリーグが勝ち、沢村のインタビューまで見終えた頃、バスは那須に着いた。
 部屋に落ち着いてから、沢村から電話があったのは十二時を過ぎた頃だった。
「ああ、ホームランやのうても、よかったやん」
「みててくれたんだ?」
「バスの中でな」
「そっちはどう?」
「涼しいで。東京や大阪は夏住むとこやないな」
「ああ、俺もそっち行きたい」
「また、そないなこと……」
 こんなやり取りだけでもほっとする。
 心が穏やかになっていく。
 しばらくはこのままでいられたらええな。
 佐々木はそんなことを思いながら、沢村の声を聞いていた。
  

   おわり

 


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