「十日も悠ちゃんの顔を見られないと、アイちゃんが寂しがるだろうな」
そのまま悠に唇を寄せた藤堂だが、やんわり押し戻される。
「……どうして?」
だが、しっかと唇を引き結び、悠は藤堂の手からすり抜けて部屋に入ってしまう。
なんだよ、それ!
悠はベッドに突っ伏した。
「何がアイちゃんが、だよ! トウヘンボク!」
温かい藤堂の腕はもう慣れ過ぎて、それを振り解くのはひどく苦しいのに。
河崎に散々イヤミを言われながらもここにいるのは、藤堂の腕の温もりを手離したくないからだ。
いつか藤堂が自分に手を差し伸べてくれなくなったら、壊れてしまいそうだ。
何で……
何であんなオッサンに俺………
クソ!!
いろんなもやもやが煩わしくて、悠は頭から毛布をかぶった。
財布を忘れて取りに戻り、ギリギリ成田エクスプレスに間に合ったが、まるで何もかもとにかく空港にくることさえ初めての悠は、高津に急かされながら搭乗手続きをすませ、気がついたらもう二人を乗せた機は日本の上空から遠く離れていた。
もうこれで俺の人生終わりか、とさえ思われたいきなりの離陸だったが、雲の上に落ち着いてみると、ほんとに飛んでいるのか、というくらい穏やかだ。
「乱気流に巻き込まれると面白ぇんだ、これが」
隣でうきうきと飛行機を楽しんでいる高津に悠はちょっとげんなりだ。
高津はハワイやグァムへは女の子といったことがあるから、国外は初めてではないが、さすがにヨーロッパはいろいろと下調べをしてきたらしい。
そういうところが高津らしく、何でも行き当たりばったりの悠は最初から高津におんぶに抱っこの状態だ。
それをもし河崎にでも見られたら、何を言われるかわからない。
ちぇ、これからは俺だってひとりで何でもやってやらあ!
荷物は大きめなリュックひとつと、いつも使っているショルダーバッグひとつだ。
大きなスーツケースを持参した高津は、面白いものがあったらとにかく買ってくるというつもりらしい。
落ち着くと、悠はふっと夕べからの藤堂に対する自分の態度が気にかかる。
考えてもみなかったが、もし万が一、飛行機が落っこちたとしたら、夕べ藤堂の顔を見たのが最後ということになる。
朝起きると、テーブルの上にサンドイッチが置いてあった。
藤堂のメモと一緒に。
『ちゃんと食べていくこと。それと、迷子にならずにちゃんと帰っておいで』
俺はペットじゃねーっつってんだろ!
でも。
手作りのベーコンとトマトとレタスのサンドイッチはブラックペッパーがきいていて、うまかった。
藤堂は既に出かけていた。
顔をあわせずに行ってしまったのは、昨夜の自分の態度を怒っていたのかもしれない。
何であんな風にしかできなかったんだろう。
もしか、このまま飛行機が落っこちて、あの手の温もりも、優しいあの笑顔も見られなかったとしたら……。
いやだ!
ペットでも何でもいいから、絶対絶対、もう一度藤堂に会えますように!
後悔でいっぱいの悠を乗せたエールフランス機は、やがてヨーロッパの上空に差し掛かった。
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