上弦の月11(ラスト)

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 良太にそんなことを問いただすようなマネもできないが。
 工藤は自嘲する。
 ちょっと考えただけでも、四十を越えたオヤジより若くてきれいで可愛い女の子の方がいいに決まっているのだ。
 覗き見をしているみたいで大人気ないと思いつつも窓から二人のやりとりを見ていると、どうやらかおりが良太の腕を掴んで車に乗ろうとしているようだ。
「何やってるんだ、あのヤロー」
 良太はきっぱり断るでもなく、ぐずぐずと腕をとられたままへらへらしている。
 工藤の手が勝手に携帯に伸びた。
 急にポケットでベートーベンが鳴り響いたため、びっくりした良太は慌てて携帯を取り出した。
「え、これからですかぁ?」
「急ぎの仕事が入ったんだ。暇があるんならとっととやれ」
「はあ……わかりました」
 良太の返事を最後まで待たずに、電話は切れた。
「ちぇ、オーボーオヤジ! こっちの予定も聞きやしない」
 切れた携帯に向って良太は文句を言う。
「えー、今から仕事? だって今日休みなんでしょ?」
 かおりも口を尖らせる。
「しゃあない、こんなことしょっちゅうだし」
「会社の上なんかに住んでるからじゃないの? もういい加減お給料だってもらってるんでしょ? 引っ越したらいいのに。そんな横暴な社長の言うことなんか聞かなくてもいいわよ」
 この間は素敵な社長だ、カッコいいだ、騒いでいたのに、かおりはずけずけとそう言い切った。
「簡単に言うなよ。そういうわけだから二人で行ってこいよ、ディズニーランド。俺はまたそのうち乗せてもらうから」
 急に肇がやってきたのは、こちらも買ったばかりの新車を見せびらかしたかったかららしい。
 しかもかおりのリクエストでディズニーランドに行こうというのだが。
「ええー、肇くんと二人で? カップルに間違われちゃうじゃない」
 相変わらずかおりのはっきりしたもの言いが肇の胸にぐさぐさ突き刺さっているのを良太は感じて気の毒に思う。
「え、あの、かおりちゃん……でも、肇も新車でどっか行きたいみたいだし、せっかくだから……」
「まあ、いいよ、また今度にしよう。俺も誰か会社の子でも誘って、四人で行くか」
 運転席から肇が口を挟む。
「いや、行く! こんなにいいお天気なのにディズニーランド日よりじゃない、行かなかったらもったいないわよ」
 言うが早いか、かおりはさっさと助手席に乗り込んだ。
「あ、じゃ、気をつけてな。楽しんでこいよ、肇もかおりちゃんも」
「言われなくても楽しんでくるわよ。横暴な社長によろしく言っておいて、良太くん!」
 はは、と空笑いをしながらぴかぴかのランドクルーザーを見送った良太は、はたとその横暴社長の横暴な命令を思い出して、ひとり腹が立つ。
「なんだよ! どうせ俺なんか、休みにうちでゴロゴロしてるくらいが関の山だと思ってるんだろ! ちくしょ!」
 コンビニの買い物を一旦自分の部屋に戻って冷蔵庫にしまうと、六階の社長室に向かう。
「ああ、サーバに落としたから、マルロー宛のメール、スケジュールに照らし合わせて出しておいてくれ」
「はあ…わかりました」
 ノートの画面から顔を上げもせずに言う工藤をジロっと睨みつけて部屋を出る。
 良太が出ていくと、工藤は眉間に皺を寄せたまま椅子の背もたれに身体をあずけて煙草を噛んだ。
「ったく、俺としたことが」
 頭の中はちょっとした後悔で思考がストップしていた。
 つい、だ。
 あの娘といちゃこいている良太についカッときて大人気なくも良太に仕事を押しつけてしまった。
 工藤が六階の社長室で自己嫌悪に陥っているうちに、二階のオフィスに降りてきた良太はパソコンを立ち上げ、サーバから工藤の書きかけのメールをローカルに放り込んだ。
 開いてみると内容はパリでのショーの打ち合わせの件だ。
 デザイナー、マルローのコレクションに今年もまたアスカが呼ばれている。
 フランス語は工藤の命令で一時徹底的にやったから、読み書き会話は何とかできるようになった。
 確かにまだまとまってはいないけど、こんなメールなら工藤、それこそ五分もかからないでやるだろう?
 小首を傾げつつも良太はキーボードを叩いた。 

 


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