肇のサインを無視したわけではないが、投げる球投げる球全部直球で、あとで肇が怒っていた。
「にしても何だよ、いったい」
まあ、工藤のために何にも予定を入れてなかったから急に空いてしまった休みをどうやって過ごそうと思っていたところだ。
肇やかおりとメシでも食うか。
ちょっと気分が上昇する。
残っていたポカリを飲み干すと、良太はTシャツとジーンズに着替える。
肇たちが来るまでまだ時間はあるだろう。
冷蔵庫には飲み物がなくなってしまったから、コンビニまで行って補充するか、とドアの前に並んでいるスニーカーを引っ掛けた。
「そうだ、車、取りに行かなけりゃ」
エレベーターで一階に降りた良太は、そんなことを呟きながら何気なく駐車場に目をやった。
社用車であるプレジデントの横に見覚えのあるベンツがあるのに良太は気づいた。
良太がこの会社に入ってから幾度か整備に出しているが、昨年暮れ良太の知らないところで工藤が整備に出したのを最後に、先頃発表されたばかりの新車に変わっていた。
ボディーもシャープになったぴかぴかのメルセデスはシルバーの大型車だ。
ったく、俺の知らないうちにオファーしやがってさ。
車は会社ではなく工藤個人の所有だから、良太が知らなくても仕方ないのかもしれないが。
確か、昨日会社を出るときは、谷川が奈々を乗せてプレジデントで出ていたし、いつも工藤はこの車を高輪に置いているはずである。
とすると。
「あの、社長、来てます?」
良太は警備員の詰め所を覗いて聞いた。
「はい、十時頃、いらっしゃいました」
ふーん。急ぎの仕事でも入ったんだろうか。
ま、俺には関係ねーもん。
良太はポケットの鍵をもてあそびながら、通りに出て行った。
何をやってるんだか、俺は。
メールを打っている途中でキーボードから手を離すと、いらつきながら椅子にひっかけてある上着のポケットから煙草を出してくわえ、工藤は眉をひそめて火をつけた。
たかだかメール一つ打つのにさっきからスペルは間違うわ、文章はまとまらないわ、時間ばかりかかって腹立たしい。
たまの休日に部屋でゴロゴロしていることができないなんざ、貧乏性の極みだ。
いや、というより、だからってわざわざ会社まできてメールを打つ必要なんかない気がするのだが。
シャツ一枚でも暑くなってきた。
エアコンを入れるより初夏の風を通したくなって工藤は窓に近づいた。
ふと、通りに目をやると、コンビニの袋を提げた良太がとろとろ歩いている。
その良太が停まっている四駆に近づくと、車の中から女の子が降り立った。
「あれは…」
裏庭で花見をやった時にも来ていた、良太の高校の同級生でかおりといった。
ざわっとひと吹きの風が通りの木立を揺らす。
「あらぁ、良太ちゃんの元カノだって、高広、どうすんの?」
横で面白がってけらけら笑っていたひとみの顔がよみがえる。
るせぇんだよ、ひとみのやつ。
いつだったか酔っ払った良太と一緒に出くわした時も、かおりは「私たち焼けボックイに火がつくところですっ」とか工藤に明るく宣言してくれた。
あの時は動揺を見せるわけにもいかずとっとと退散したが、実際良太とはあれからどういうつき合いをしているのか気にならないではない。
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