鴻池が鴻池物産に戻った際には、工藤は自分の出自や性格を考えて、さっさとあとを追うようにMBCを辞めて会社を興した。
工藤がプロダクションを興すのに後押ししてくれたのも鴻池で、工藤の会社のスポンサーとして以後つかず離れずの関係を保っている。
唯一、良太にちょっかいを出した時には縁を切ってやるくらいは考えたのだが、工藤の逆鱗に触れた鴻池はあっさり良太に関わるのをやめ、現在も青山プロダクションのメインスポンサーとして仕事の行き来がある。
怜悧で酷悪な性格にもかかわらず、目をかけた相手にはとことん援助を惜しまない上に恩着せがましい真似は一切しない、非常に切れる頭脳を発揮するかと思えば、子供のように突拍子もないことをやってのける鴻池は案外憎めない存在なのだ。
もっとも、その鴻池に手痛い目にあったのだから無理もないのだが、良太は鴻池に必要以上に負けるもんかと敵対心をむき出しにしている。
「…ったくあのガキときた日には、ムキになりやがって」
サイドボードからJMラムのボトルを取り出してグラスに注ぐと、工藤はすぐ顔に出る良太のガキっぽい表情を思い出して笑みをもらす。
たいてい工藤の好きな酒を調達してくれるのは軽井沢の別荘を管理してくれている平造だ。
サイドボードに並んでいるのはラムやコニャックが多い。
高い酒ならいいというものではない。
飽きずに飲めるマイヤーズなどは必ず置いてある。
最近では良太を連れてきたときに酒をつき合わせているが、懸命に工藤に合わせようと背伸びしているのが可愛いなどと思っている自分をフンと嗤う。
さっきは千雪の話に良太がまた過敏になっているのが見て取れて、無理強いをしてもどうせ拗ねるばかりなのはわかっていた。
だが実を言えば、酒をつき合わせながらの良太とのそんな他愛ない時間を過ごせなかったのは少し惜しい気がするのだ。
「くれぐれもあなたのアキレスが良太だと、知られないことです」
波多野の苦言がいつも頭の隅に引っかかっていた。
T、とある世界では呼ばれているという男とはずっと電話でのやり取りのみだったのが、最近になっていきなり波多野という取引先のビジネスマンとして工藤に近づいてきた。
昨年の暮れあたりにはかなりの危険に遭遇した工藤に迫る影をそのたびに密かに払いのけた。
決して工藤の指図で動いているわけではない。
が、ここしばらく平穏な状態が続いているのはあの男がおそらく動いているからだろうとは察しがついた。
だからといって気を緩めると良太を危険にさらすことになりかねない。
タクシーはエントランスや車寄せにまで入れず、通りで降りることにしているのもそれを考えたからだ。
いずれにしても良太をこの部屋に連れ込むよりは会社のプライベートルームに落ち着く方がまだいいだろう。
「それもあのガキのご機嫌次第ってか?」
工藤はそんなことを呟いてまた自嘲した。
意地を張ってついてこなかったのをくよくよしながら、今頃猫でも相手に俺への文句を言っているに違いないのだ、あのバカは。
良太の考えていることなど手に取るようにわかる。
「まあ、アスカを迎えにやったり、慣れないオヤジどもにいろいろ言われて今夜は疲れさせたしな」
いい訳じみた呟きは静まり返った空気に吸い込まれる。
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