そんなお前が好きだった62

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 だが所詮モラトリアムの中での思いの延長だ、お前の好きは自分と同じ好きではないかも知れない、響が口にしなかったのは、井原のためだと……。
 いずれは井原も誰か愛する人に巡り合って、秀喜のように結婚するのだろうと。
 十年越しの初恋なんかもう忘却の彼方に飛んで行ってしまっているに違いないと。
 あんなにみんなの人気者で明るいやつが、人と違う道を歩いて奇異の目にさらされていいはずはないのだと。
 そう思い、十年物の腐った初恋を抱いて、俺は終わるもよしと、そう…………。
「なのに、なんで、あいつはあんなことを言うんだ! 今更…………」
 想定外の井原の出現に驚かされてから、響は対応に苦慮することが多々あったものの、とりあえず今の井原は高校時代の井原ではないのだと、そう自分に言い聞かせ、あくまでも同僚として、井原が荒川先生とつきあうのであれば、それを応援してやるくらいの度量をもたなければと、そう覚悟していたのだ。
 なのに、井原は響の覚悟を軽々と飛び越えて告白なんかしてきた。
 タイミングがどうたらとわけのわからないことを口走りながら。
「俺にどうしろって言うんだよ!」
 突然大きな声を出したので、入念に毛づくろいをしていた、にゃー助が顔を響に向けた。
「あ、悪い、何でもないから」
 猫がその言葉を理解するかどうかはわからないが、にゃー助はまた毛づくろいに戻った。
 つきあうっていったって………。
 流行りみたいだし、いんじゃねって、尾上の言ったようにそう簡単にはいかないだろう。
 変わってない、俺らしいって、どういうことだろう。
 尾上の言葉が今頃になってはてなマーク付きで脳裏に浮かぶ。
「いや、問題は尾上の発言とかじゃなくて………」
 正直、どうしたらいいか響には皆目見当もつかなかった。
 逃げ出すにはそれこそタイミングが悪すぎる。
 NOと答えて、井原の頭の中から俺を締め出させるには、教員同士という状況はふさわしくない。
 できれば井原とは仲良くしたかったのに。
 仲良く、友達でいられればいいんじゃないのか?
 仲良く。
 小学生のように。
 いい大人が何を言っているんだという話だよな。
 いくら何でもわかっている。
 そんなことできるはずがないのは俺の方だって。
 わかってる。
 井原が荒川先生と付き合っているって聞いただけで、指が震えた。
 もし井原が誰かを愛しているのを目の当たりにしたら、きっと心がちぎれてしまう。
 ほんとは、四年後に会おうって言われた時もあのままずっと井原といられたらって、思ってた。
 そんなことできるはずがないのに。
 できるはずがないと誰かに言われる前に、自分から逃げだした。
 逃げれば痛い想いはしなくて済むから。
 ある朝、母がいなくなった時のように。
 井原をもっと好きになって、でもある朝、井原がいなくなったら、もう立ち上がれないんじゃないかと。
 俺は自分の心の痛みしか考えてなかった。
 井原がどう思っていたかなんて。
 優しいやつなんだ。
 雪の日に、殴られて家を飛び出して、行くところもなくて立ち竦んでいた俺の前に現れて、手を引いて自分ちに連れてってくれた。

 


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