そんなお前が好きだった64

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「へいへい。なんかこうこの部屋息が詰まりそうだから、ちょっと緊張をほぐそうとしただけじゃん」
 お茶らかした寛斗のセリフを聞くと、響もこれは一息ついた方がいいかと立ち上がった。
「ようし、ちょっと休憩しよう。肩に力入り過ぎてる気もするから、寛斗、お前、自転車でひとっ走りコンビニでなんかおやつ調達してこい」
「うおっし! やた! さすがキョーちゃん、オーラが違う!」
 寛斗が伸びをしながら立ち上がった。
 こういうところがゲンキンだと思う響だが、素直と言えば素直なやはり高校生だ。
 響が一万円札を渡すと、「太っ腹!」と喚く寛斗に、「釣りは返せよ」と釘を刺す。
 みんなからリクエストを預かって、寛斗は意気揚々走り出した。
「こら、走るな!」
「へーい」
 遠くから聞こえた返事に、皆が笑った。
「ああ、何かきりきりしてましたね、部長失格ぅ!」
 瀬戸川が自分の頭を軽く叩いた。
「いや俺こそぼんやりしてた。でもコンクール近いし、気になるところがあると、イラつくよな。俺も経験ある」
 響は失笑する。
「本番で上がらない方法ってありますか?」
 志田がぽつりと言った。
「去年初めて学生音楽コンクールに出たんです。でも面白いくらい舞い上がっちゃって、何やってんだかわからないまま終わっちゃって」
「初めてを突破したんだから次は大丈夫って思えばいいよ」
 響が言うと、へへへと志田は肩を竦めた。
「志田さんは音大目指してるんですよね。東京とかレッスン行かれてるんですか?」
 一年生の青山が聞いてきた。
「うん、その予定で、師事している先生に探してもらってるんだけど」
「そうなんですか、田舎ってそこ、大変ですよね」
 悪気もなく、青山はスパッと言った。
「キョー先生、この辺りに、キョー先生のバイオリンバージョンみたいな先生、いないんですか?」
「へ? 俺のバイオリンバージョン?」
「そう、何かコンクールで優勝経験とかあって、プロで、バイオリニストだけど、この辺りに住んでるみたいな」
 瀬戸川も志田もそれを聞いて笑った。
 青山は真面目に志田のために考えているらしい。
「いやあ、音大とか芸大行きたいって話になると、そういうんじゃなくて、やっぱ受験に有利かどうかってのも左右するから、やっぱ東京あたり行った方がいいと思うぞ」
 響は言った。
「それに、俺、去年の秋、祖父の葬式でベルリンから戻るまで十年この街離れてたからな、田村先生療養中だし」
 すまなそうに響は頷いた。
「ベルリンからいきなりこの田舎ですか? キョー先生、やっぱり面白い」
 青山が妙な感心の仕方をする。
「そういう面白い先生がいてくださって、私たちすごくラッキーなんだと思います」
 瀬戸川がぴしっと言い切った。
「面白いと思ってくれて、俺の方こそありがたいよ」
 ふっと響は笑う。
 生徒たちと一緒にいると、和やかな時間を過ごすことができる。
「ただいま戻りましたあ!」
 そこへ汗だくになった寛斗がコンビニの袋を掲げて走り込んできた。
 休憩のあと、また皆が気合を入れて一度合わせると、今度は今までになくいい演奏になった。
 最後に意見交換をして終わった時は五時を過ぎていた。
 生徒たちが帰っていった後、響は戸締りをしながら、ふうっと溜息をついた。
 静寂が訪れるとともに、響の頭の中に横たわっている大問題が頭をもたげてきた。
 さすがにあんな告白をした翌日だからか、昼も井原は顔を見せなかった。

 


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