そんなお前が好きだった71

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「こないだ来たやつ、その酒くれたクラウスなんか、妻子あること隠してやがって、とどのつまり絶交したんだけど……俺が来るもの拒まずでつきあってたのが悪かったのかも………ほんと、ロクなことなかったな」
 はああと響がため息をつく。
「そんなこんなで十年………?」
 元気が改めて口にした。
「まあ、そんなこんなで、十年………」
 あり得ないだろ。
 復唱する響の言葉に、元気は心の中で抗議した。
 お互い思い合ってんのに、わざわざ十年回り道して、俺が井原に響さんのことを知らせなかったらバカみたいにまた十年とかって。
「だからどうして、井原だと来るもの拒まずにならないんです?!」
「それなんだよな………何で井原だとこう、なっちゃうんだか………」
 元気に突っ込まれて響は答えに躊躇する。
 こころなしか井原のことを話す響には、まるでお子様かというような、はにかみが伺える。
 俺にも少なからず責任があるのなら、とにかくこの中坊でも今時ないぞというバカみたいな恋を何とかしてやらないと。
 元気が内心、決意を固めて柱時計をみると、そろそろ七時を過ぎようとしていた。
「そんなボロボロじゃGWに生徒を引率してコンクールとか無理ですよ? もういい加減に、その中坊以下の関係に決着をつけてください。でないとマジ断崖絶壁が迫ってきますよ」
 ペットゲートを閉めてから、元気は最後に軽く響を脅して、玄関を出て行った。
「…………中坊以下って、決着って、んなこと言われてもな………」
 出がけに釘を刺された響は、にゃー助を抱いてしばしぼーっと突っ立っていた。
 その日、二日酔いの薬を飲んで何とか午前の授業を終えて、響が音楽準備室で一人モソモソとコンビニのおにぎりを齧っている時のことだ。
「響さん、キョーセンセ、いるか?」
 何やら慌てて音楽室に飛び込んできたのは東だった。
「東? こっち、いるよ」
 すると準備室のドアを思い切り開けて東が現れた。
「もう、メシ食った?」
「メシどころの騒ぎじゃないっすよ。ま、メシは食ったけど。話聞いてつい掻き込むように食っちまった」
 息せき切ってやってきたようで、東はまだ肩で息をしている。
「やっぱ、東、ちょっと絞った方がいいんちゃう?」
「わかってますよ! てか、そんなことより、今しがた美術部の子が話してるの聞いたんすけどね、なんか、ちょっと由々しき事態が起こったみたいで、荒川先生がえらく取り乱してるって」
「荒川先生が? 何か、あった?」
 何だろう、と響は昨日に引き続いて荒川先生というキーワードに嫌な感じがした。
「それが、一年のクラスと三年のクラスで荒川先生の英語の時間、突然ウエーブやらかしたって」
 東の言葉に、響は、はあ? と怪訝な顔を向けた。 
 ウエーブとは、この高校に随分昔からあった、伝統の授業ボイコットのことだ。
 発端は、ベトナム反戦運動が起きた昭和の時代には、この田舎街の高校にも反戦運動に同調する生徒らがムーブメントを巻き起こした時期もあり、意見も聞かずに抑え込もうとする教師らに対して、抗議を表する手段として、一斉に本やノートをしまい、端から徐々に机の上で腕を組んで寝る態勢を取って授業をボイコットした、という事例だった。
 以後、たまに嫌な教師の授業でウエーブをやった、などということもあったようだが、クラスの一体感が必要だし、ここ数年は何ごともなく、進学することのみが目標となっている生徒たちにあっては、そんなくだらないことで授業を潰すような事件は起きていなかった。

 


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