そんなお前が好きだった73

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「そうですね、それは思いました」
 整然と瀬戸川が言った。
「でも、寛斗に話したら、じゃあ、ウエーブやろうぜって言うのに、咄嗟にそれ以外思いつかなくて、賛同しました」
「あ、俺はさ、クラスのみんなに、キョーちゃんがどうのとか話したわけじゃなくて、荒川って、マイノリティのやつ脅してんの、っつったら、皆が何だよそれってことになってさ」
 寛斗は瀬戸川を庇うように砕けた物言いで説明した。
「ご自分をアピールされるのはいいんですが、あからさまに井原先生に、生徒の前でもそれこそ教育の場で何をするためにいらしているのかというようなことを口にされたりするのは目に余りますし、数年留学されていたということや、都会育ちということで妙に田舎の高校生である我々を小ばかにしている態度をされますし、荒川先生の言葉が正しいアメリカ英語だとか強調されると少し辟易してしまいます。私も中学に上がるまでニューヨークにいましたけど、自慢されすぎじゃないかと思うレベルです。それ以前に差別発言と脅しは看過できかねます。クラスでもそう言って、ウエーブのことを持ち出すと、皆が賛同しました」
 へらっと寛斗が話す横で、青山がしごく丁寧に明快に荒川を糾弾した。
「もし、職員会議で問題になるようでしたら、私がきちんとお話します。音楽部の代表として責任を取ることも辞さないつもりです」
 瀬戸川がきっぱりと断言した。
「何、言ってるんだよ、言い出しっぺは俺だぞ? 責任なら俺がとる」
 寛斗が珍しく真面目なセリフを吐く。
「まてまて、わかった。この件は俺が引き受けるから、瀬戸川、君らは今コンクールを前にこんなことで時間を無駄にしたくないだろう、とにかく練習に入ろう」
 寛斗がそう言ってすぐだった、音楽室のドアがバンと手荒く開いた。
「あなたたち、やっぱり! 和田先生が生徒を扇動してあんなことをさせたんですね?!」
 怒り心頭と言う顔で荒川が立っていた。
「荒川先生」
 響はうわっ来ちゃったかと心の中で叫ぶ。
「私への意趣返しですか!」
 荒川は寛斗や青山が音楽部員であることを聞き知って、怒鳴り込んできたらしい。
「先生、キョー先生がそんなことをするはず、ないじゃないですか。ってか、意趣返しってことは、先生、キョー先生に何かしたって自覚あり?」
 響が口を開く前に、寛斗が軽い口調で荒川に抗議した。
「先生がキョー先生に話しているのを偶然聞いてしまったんです。それをクラスで話したらウエーブって選択になりました」
 枝葉を端折って、瀬戸川が端的に説明した。
 すると聞かれていたことがその時わかったらしく、さすがに荒川はぎょっとした顔をした。
「多数決って賛成の多い意見を取り入れて決する便利な一つの方法だと思いますけど、デメリットは少数派は無視されますよね。今は人と違うことを異端のように考える時代ではないと思うんです、私は。でもそれこそいろいろな考えがありますし、マイノリティや差別に関することは生徒会でも話す必要があると思います。先生からの問題提議として今度討論会をやるのはいかがでしょう? この学校は伝統的にディベート好きなんですよ」
 瀬戸川の提案は誰にも思いもよらぬものだった。
 青くなった荒川にとっても。
「あ、それ面白いかも! 俺、男女関係なく好きになっちゃう派で参戦!」
 口調は軽いが寛斗の言葉はさらに荒川を追い詰めたようだ。
「そんなことしていただかなくても結構です!」
 荒川の握りしめた拳は少し震えていた。
「最近アメリカでも話題になってますけど、差別主義者ってネット上でも炎上しやすいですよね、荒川先生」
 青山の発言はさらに追い打ちをかけた。
「失礼します!」
 荒川は身を翻して退散しようとした。
「あ、荒川センセ」
 引き留めた寛斗をそれでも荒川は振り返る。
「あんまし、深く考えない方がいいよ。新任への手荒な洗礼ってよくあることだし、ただのいたずらだから! 俺先生の授業わかりやすくて好きだし」
 こいつはどこでもうまく生きて行けるやつの見本だ、と響は改めて寛斗を見た。
 荒川は今度こそ小走りで去って行った。

 


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