そんなお前が好きだった74

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「あ、荒川センセ」
 引き留めた寛斗をそれでも荒川は振り返る。
「あんまし、深く考えない方がいいよ。新任への手荒な洗礼ってよくあることだし、ただのいたずらだから! 俺先生の授業わかりやすくて好きだし」
 こいつはどこでもうまく生きて行けるやつの見本だ、と響は改めて寛斗を見た。
 荒川は今度こそ小走りで去って行った。
 途端、響と同様何の言葉も発することができずにいた生徒たちからパチパチと拍手が沸いた。
「すんげ、みんな! 俺、荒川先生に授業中、田舎臭いってもろ言われて、頭きてたんだよな」
「さすが、青山!」
「私、一生部長についていきます!」
 その様子を見て、いいのかこれで、と響は大きくため息をついた。
「キョーちゃんも、そう深刻に考えなくても。生徒のしでかしたことは生徒で解決するって」
 悪びれもせず寛斗がしれっと言った。
 ドアをそっと開けていつの間にか入ってきていた東が、「お前ら、ほんとよく言うわ」と感心したように言った。
「東先生」
 響は東の顔を見てちょっとほっとした。
「何で音楽部、こんな秀才連中集まってんの?」
 確かに、と響も頷く。
 てか、俺がグチグチ考えていたことって何? てなくらい、こいつらって逞しい。
「あ、俺もその中に入ってる?」
「お前は別!」
 へらっと笑う寛斗に東ははっきり言い放つ。
「いやあ、荒川先生が血相変えて音楽室の方に行ったっつうから、気になって来てみれば。入るに入れなくてそこにいたら、荒川先生神妙な顔で走ってっちまったし」
「でもさ、新任で教壇に立つって結構自分をオーバーアクションで奮い立たせないと生徒になめられるって思うんだよ、俺もそうだったから」
 響は生徒に完全にやり込められた形の荒川が気の毒になった。
「荒川はそんなタマじゃねーよ。きっと明日はパワーアップして俺らに挑んでくるぜ?」
 寛斗が首を横にふる。
「受けて立ちます」
 青山がきりりと言った。
「じゃあ、この辺で練習に集中!」
 響は気持ちを切り替えて声をかけた。
 
  

 夕方、客が一段落ついた頃、伽藍のドアが開いて馴染みの顔が現れた。
「おう、何か久しぶり?」
「まあ、四日ぶり?」
 元気と東はそんな他愛無い言葉を交わし、東は定位置となっているカウンターの右端に落ち着いた。
「紀ちゃんは?」
「今日は客少ないし、もう上がった」
 しばらく元気がコーヒーを入れるところをぼんやり見つめていたが、いつものコーヒーが東の前に置かれたところで、東は徐に口を開いた。
「実はさ」
 そこで東は一口コーヒーを飲む。
「今日、ちょっとした事件があって」
「事件? 学校で?」
 出だしこそボソボソだったが、話し出すと一気に東はウエーブ事件の顛末を話し終えた。
「おもしれえ、クソ、俺もやりたかった」
 相槌をつく間もなく、東の話に聞き入っていた元気の反応である。
「お前と寛斗はノリが同じかよ」
 東はそこでやっと大きく息をついた。
「青春してんなあ」
 元気は羨まし気に呟いた。
「職員室戻ったら校長の耳にも入ってて、荒川先生と教務主任と一緒に校長室に呼ばれたらしいけど、荒川先生、軽いいたずらなので、気にしていないとかって言ったって話」
 東が言うと、元気は鼻で笑う。
「そりゃ、下手に大ごとにしようもんなら、生徒会で血祭に上げられる恐れがあるからな、それこそ今後の教師人生が変わってくるだろ」
「恐るべし瀬戸川と青山! 二人とも美人の上にキレる! おまけに寛斗がしっかり釘刺してるし。音楽部なのに頭脳集団」
 東は感心する以上に呆れていた。

 


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