そんなお前が好きだった85

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 それをまたフンと鼻でせせら笑い、元気がテーブルを片付け始めたので、響も手伝ってゴミ袋にまとめて入れた。
「片付けたら早々に帰るぞ」
 空いた缶を別の袋にいれている豪に、元気は歩み寄ると、こそっと耳打ちした。
「え、あ、ああ」
 豪が鈍い返事をした。
 元気はトイレから戻ってきた東にも同じように耳打ちする。
 段ボールから辛うじて残っていたタオルを一枚持って来て、井原は雑巾代わりに水で絞るとテーブルを拭いていた。
「んじゃ、俺、そろそろ帰るわ」
「俺も夕方から教室あるし」
 元気と東がそれぞれそう言って玄関に向かう。
「あ、元気、また清算してくれ」
「実業家の井原には微々たるもんだけど、引っ越し祝いってことで」
 元気の返事に井原は苦笑した。
「じゃあ、俺も。明日は東京なんで、そろそろ」
 豪もゴミ袋をキッチンに置いてくるとそう言ってたったか出て行く。
「おう、みんな、ありがとう、助かった!」
 出遅れた響は、俺も、と言いかけて、「あ、車、ないんだった」と思わず口にした。
「俺が送って行きますよ。さっき濡れたシートは拭いたから大丈夫」
「あ、悪い………」
 響がそう言った時にはもう、三人は出て行ったあとだった。
 唐突にシーンと部屋の空気が静まり返る。
 うわ、何だこの、シーンって感じ。
 響は何か言おうとしたが、井原と二人きりというこの状況に頭が真っ白になって言葉が出てこない。
 何で、何も言わないんだよっ!
 響は振り返ることもできなくて、心の中で喚いた。
「あ、そうだ、あの、コーヒー、飲みませんか? さっき、ついでに元気が買ってきてくれたんで」
 ようやく井原はそういうと、そそくさとキッチンに向かった。
 自分のシャツとパンツを抱えたまま、響は「あ、ありがとう」とやっとのことで口にした。
 ソファに戻って響はほっと一つ息をつくと、部屋を見回した。
 大きな家具はほぼあるべき場所に納まって、かなり落ち着いたが、ラグやカーテン、それにスリッパなどもないから、皆裸足で歩いていた。
 スリッパやタオルを買ってこようと思ったのに、あんなことになってしまい、響はやはり申し訳なさが募る。
「あのさ、後日でよければ、俺、スリッパとか何か必要なもの、買ってくるよ」
 響はキッチンにいる井原に声をかけた。
「ああ、ありがとう」
 そう返事をしてから、井原は今使おうとしているマグカップがそろいのイヌ柄の二客なのに気づいた。
 個包装のドリップコーヒーの他に、湯沸かしや片手鍋があり、それに冷蔵庫には牛乳に卵、ハム、ソーセージ、チーズなども入っている。
 冷蔵庫の上にはフランスパンが置いてある。
 それらすべて元気が揃えてくれたものだが、マグカップがペアであることに、何か元気の意図を感じて、井原は「あのやろう」と呟いた。
 さらにあっという間に三人ともたったか帰って行ったことも、示し合わせたらしいと思わざるを得ない。
 元気の性格なら、車がない響に、乗って行きますか、とでも聞かないのはおかしい。
 どうやら響と二人にするために、元気がお膳立てしたに違いないと今さらながらに思い知った。
「どうぞ。元気のコーヒーとは比べないでくださいよ」
 井原は冗談めかしながら響の前にコーヒーを置いた。
「ありがとう」
 井原は響の斜め右に座り、自分もコーヒーを飲んだ。
「あ、あの、俺、何か、気が利かないから、引っ越し祝いとか考えてなくて」
 一口コーヒーを飲むと、響がぽつりと言った。
「何言ってるんです? 手伝いに来てくれただけで充分ですって」
 井原が笑った。
「あ、でも、そしたら、今度、カーテンとかラグとか買うの一緒に行ってくれます?」
 こういうところが、元気に言わせると調子のいい奴、な井原なのだが、そんな井原が響に対して、ここぞというところでブレーキをかけているのが元気には不思議だったのだ。

 


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