「そしたら、いつか会えるさって、じいさん、言ってくれた。でもほんとに会えるなんて思ってもなかった」
響の目尻から涙がポトリと落ちる。
「俺はしつこいですからね。ストーカーと言ってもいい」
「バカ……」
泣きながら響は笑う。
今度はおずおずとキスにも応える。
だがキスは次第に深くなり、そのまま響はまたソファにそっと押し倒された。
「え、ちょ、おい、何だよ、これは!」
井原がぐいぐい押し付けてくる固いものに気づいた響は井原を退けようとじたばたした。
「や、も……、こうなると、無理……」
井原の身体は全くびくとも動かない。
「何がムリだよっ!」
「それに湯上りでいい具合にほぐれてるから今ならOKっすよ」
「バカ! OKって誰がいったよっ!」
響は井原の科白にカッと熱くなり、しかも身体の火照りが舞い戻ってくる気がして、バンバンと井原の背中を叩く。
「心配しなくても、俺、いつどこで響さんとこうなってもいいように、常にポケットにゴム常備してますから!」
響の拳など意にも介さず、平気でふざけたことを抜かす。
「ちょ、わっ! や……!」
やおら井原は響を担ぎ上げると寝室に向かった。
「ソファ、窮屈なんで」
「うわっ! バカ! 降ろせ!」
こうして引っ越し初日から洗濯乾燥機は無限ループかというように酷使されることになった。
井原が響を家まで送ってきたのは辛うじてその日のうちのことだった。
「にゃー助も連れてまたうちに戻ればいいのに」
「お前はまだふざけてるのか!」
「マジですけど」
「アホッ!」
呆れてさっさと車を降りようとする響の腕を引き戻すと、井原はキスした。
もう何度目かも忘れる程のキスに、響の身体はすんなりと受け入れている。
会えなかった十年という歳月を一気に取り戻すかのように、離れがたいのは響も同じだ。
「……にゃー助が寂しがってる」
「今度は俺が来てもいい?」
一瞬言葉に詰まったものの、響にしても頷く以外の選択肢はない。
「あ、忘れるとこだった」
井原はポケットを探るとスティック状のものを取り出した。
「何?」
「コンシーラー」
いわゆる化粧品の類を渡されて響は訝しむ。
「首の吸引性皮下出血の跡、それで隠せるから。昔、同僚に教わった。あっためると効果的だって」
井原が何が言いたいのかようやくわかった響は思わず、井原の頭をはたく。
「ってぇ! はたかなくても……」
ボソボソいう井原を残して、響はたったか車を降りた。
離れに入る時に一度振り返ると、まだ、井原の車はそこにあって、響と目が合うと、井原は恥ずかしげもなく投げキッスした。
「ったく、呆れた野郎だ!」
照れ隠しとはわかっているが、ついそんな文句を口にしながらドアを開けると、ペットゲートの向こうで、にゃー助がナアナア鳴いた。
「ごめんよ、遅くなって。今、ご飯あげるからな」
いつもながら、何でこんなににゃー助は可愛いんだろうと親バカなことを考えながら、にゃー助を抱き上げて、キッチンの棚からカリカリの入った袋を取り、カラカラとにゃー助のご飯の器に入れるなり、にゃー助は響の腕から飛び降りてハグハグと食べ始めた。
水の器も取り換えて新しい水を置いた。
そういえば、いつの間にか井原が、水没した響の車のレッカーや引き取りを業者に頼んでくれていたらしい。
そういうところはきっちりしていて頼もしい男ではあるのだが。
鏡でじっくり見ると、確かにコンシーラーを使った方がいいようなところにくっきりと赤い小さな痣が見えた。
「あんのバカ!」
高校の時からともするとお調子者の域に入ることもあった井原だが、あの明るい性格に、井原を嫌う者は少なかったと思う。
何をしても憎めないところがあって、響もそんな井原が好きだった。
「だからって、やりすぎだっつうの!」
まあ、止まらないってのはわからないでもないのだが。
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