そんなお前が好きだった92

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「元気っていつからギターやってたんだ?」
 思いついて井原が元気を見た。
「俺は三年の時かな」
「中学の?」
「小学校だよ。初めて挑戦したのが、Jumpin’ Jack Flash」
 手を動かしながら元気は軽く答えた。
「渋!」
「兄貴の影響で」
「え、あの、開校以来の秀才と言われた岡本勇気さんてロック好きだった?」
 井原が大仰な言い回しで言った。
「うちは父親がバッハで、母親がフォークソング、兄貴がロックって、皆バラバラ。兄貴のは英語やるのに聞き始めて、主にストーンズとかクイーンとかブリティッシュ系」
「でも元気の曲の中にメロディラインがバッハっぽいのあるよね、割と」
 響が指摘した。
「そりゃ、俺の子守歌、ブランデンブルク協奏曲だったからな、何かもう身に沁みちゃってて」
 三人で笑っているうち、カップルがテーブルを立つのに元気は気づいた。
 ありがとうございました、とカップルを見送ると、元気はドアプレートをCLOSEDに換えてきた。
「豪はまた海外とか?」
 響が聞いた。
「数日前からニューヨークっつったかな。自分の作品と、GENKIの写真集頼まれたとかって」
「何でそこにお前はいないんだ?」
 井原に突っ込まれるが、元気はフンとばかりに「俺はGENKIじゃねえもん」としらっと答える。
「元気は自分の世界があるもんな」
 響が言うと、元気が身を乗り出した。
「わかります? 俺はここの店の主で、たまに曲書いて、好きな時にギターを弾ければ」
「わかるよ、俺もそう」
 見つめ合って頷き合う二人を見て、井原はため息をつく。
「それ、違うと思う。響さんも元気も。二人の演奏を待ってる人がいっぱいいるでしょ?」
「お前、みっちゃんとか涼子の回し者じゃないだろうな? こないだ五月に一度来るからとか、涼子が言って来てたが、絶対なんか企んでるに違いないんだ」
 元気が怪訝な顔で井原を睨む。
「俺が、んなわけないだろ! ってか、誰、涼子って」
「GENKIの事務所の社長。元々俺ら、みっちゃん、涼子、一平、俺と大学の同期で、涼子はみっちゃんの彼女なんだが、GENKIが独立した時社長に据えたわけ。これが切れる女でさ。まあ、裏でみっちゃんが糸引いてることも多いけど、とにかくみっちゃんと涼子で俺を嘱託社員とかにして、曲を書けだの、アルバムを出せだのうるさいのなんの」
「アルバムって元気の? つまりお前の?」
 井原が聞き返した。
「俺がGENKIに戻らないっつったらそっちから攻めてきやがって」
「いや、すげぇじゃん。作ればいいのに」
 元気はフンと井原をねめつける。
「アルバム出すってのはどういうことかわかってんのか? ライブやらせようって魂胆なんだよ。つまり、GENKIとってことにもなるだろうが」
 元気が眉を顰めて言った。
「なんで一緒にライブやるのがそんなに嫌なんだよ?」
「だから言っただろ? 俺は好きな時にギターを弾ければって。あいつらの思い通りになってたまるか」
 頑なに言い放つ元気に、井原は響を見た。
 響は肩をすくめる。
「お前、ただ意固地になってるだけじゃないのか? その一平と豪とでお前を取り合って、一平が負けたからって」
「はあ? 何それ」
 元気は呆れた顔で井原を見つめた。
「東が言ってたぞ」
「はは、東、枝葉をとっぱらって、話したんだな」
 響が笑う。
「あのやろ……」
「でもまあ、とどのつまりはそういうことになるよな?」
 響に言われて、元気は苦笑した。
「俺のことより、お二人はそれで収まるところに収まったわけでしょ?」
 二人のようすからもわかっていたが、元気は一応確かめるように聞いた。

 


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