誰にもやらない20

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    act 3
 
 
 
 
 スキーツアーから戻った翌週のことだった。
「どういうことッスか?」
 浩輔は今しがた耳にした話に、思わず大きな声をあげた。
「しかも、急いでるから三日後やと? ふざけんな!」
 常日頃穏やかな佐々木も、さすがに憤慨を隠さず、持っていた書類を机に叩きつける。
「何だって、英報堂なんか、ヨコヤリ入れるんだよ! チックショー! そう金にもならないだろうが」
 傍で土橋も怒りをぶちまけ、あのパーティもこっちの動きを探るためだったんだ、などと悔しがっている。
 弱小とはいえ、ジャスト・エージェンシーはCM広告業界では常に上位五十社に名前を連ね、無論いくつかの大手広告代理店との取り引きもままあるが、米国の大手自動車会社の輸入販売会社C社の他に、中堅化粧品会社やペットフードの会社などを直接のクライアントにしている。
 その最も大きなクライアントであるC社の代表的な車のキャンペーンに、突然英報堂が殴り込みをかけてきたのだ。
 オリエンテーションの段階では何も問題はなかった。
 ところが、土橋がアート・ディレクター兼プランナーである佐々木を引き連れプレゼンに出向いたところ、粗方説明が終った後にイメージ戦略の変更を持ち出された上に、競合をとるという寝耳に水の話である。
 よもやという事態に社内は浮き足立った。
 英報堂って、どうして?
 浩輔の中に得体の知れない不安が広がる。
 東京に戻ってきてからも、河崎のことがなかなか頭から離れてくれなかった。
 そこへもってきて今度は仕事でまた英報堂だなんて。
 俺に出くわしたことが気に食わなくて、まさか河崎さんが……まっさかだよな。
 向こうの担当が誰だかもわからないのに。
 浩輔は自分の愚かな考えを嘲笑う。
 河崎にとっての自分なんて、吹けば飛ぶようなシロモノなのに。
 これまでは、元C社役員だった社長の春日の手腕で、競合することなくジャスト・エージェンシーが大手を振って取り仕切ってきた。
 ここで英報堂にこの仕事を持っていかれるようなことがあれば、この先のC社の仕事に関してもかなり不利に働く恐れがある。
 先方の言うには、タレントを使うだけでなく、イラストレーションか何かを絡ませ、映像を柔らかくしたい意向だという。
「何かいい案ないのか? 元営業マンとしては」
 やけっぱち気味に、土橋が浩輔に振ってくる。
「え、う~~~ん…柔らかい映像…っても…」
 急にそんなことを言われても…。
「やっぱ、オンナ、やな」
 考え込んでしまった浩輔の代わりに、佐々木が席を立って持ってきたのは、浩輔のスケッチブックである。
「え、そんな……ムリムリムリ!」
 焦る浩輔を無視して佐々木が広げたスケッチブックには、マーカーを大胆に使った、女性像があった。
 イタリアのどこにでもいるジプシーの娘達。
 浩輔は見かけるとすぐにスケッチした。
 盗みと演技を生業とする、黒髪、黒い大きな瞳、野性的で生命力旺盛な娘たちが生き生きと描かれている。
「よし、浩輔ちゃん、これでいこ!」
 断定するように、佐々木が言い切った。
 英報堂の横やりのせいで、降ってわいたようなコンペの話の上、浩輔はメインイメージを佐々木から仰せつかってしまった。

 


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