浩輔とはまた別の意味で暴君河崎の罵倒にも無茶な命令にも動じない、有能な営業マンを絵に描いたような男だ。
C社の仕事が結局ジャスト・エージェンシーに決まってからというもの、ほとんどデスクにいたためしがない河崎を探していた藤堂は、空いている会議室で煙草を燻らせているところをようやく見つけた。
「お前、いい加減にしろよ。ここんとこ、何もかも三浦っちに任せっきりで油売りやがって!」
「有能な部下に恵まれた幸せを今噛み締めてるとこさ」
「私的感情で会社を利用するからバチが当たったんだろ。クリエイターもいい迷惑だ」
河崎は涼しい顔で煙草を噛む。
「会社には極めて献身的に尽くしてるぜ?」
「ふざけんじゃない! 俺がリサちゃんのご機嫌取ったり、スキーツアーのセッティングにどんだけ苦労したと思ってんだ? 急にあんな別荘まで買わせやがって、あの時はロクなこともしなかったくせに、このクソ忙しい時に、何でわざわざヨソのシマにクビ突っ込む?」
フン、と河崎は鼻で笑う。
「あの佐々木ってクソ野郎がどんな仕事をするか、お手並み拝見ってとこだな」
「いい腕してるって噂だ。アチコチからお声がかかるのに、あのセコい会社から動かない。どっちかってぇと、本人デザイナーってよりモデルとかで使いたくなる溜息モノの美人だよな」
「てめぇまで、あの野郎にあてられてんじゃねぇ!」
「それにしてもナカナカやるじゃないの? メインのデザイン、コースケくんだって? 才能も環境次第ってやつか」
佐々木が浩輔を手懐けているらしいことが第一、河崎は気に食わなかった。
仕事に割り込んで、会社ごと振り回してやるなんて姑息なことを考えていたからか? …ハ、浩輔に負かされるとはな、お笑いだ。
河崎は苦々しい表情で会議室を出る。
「おい、どこ行くんだ? これからミーティングじゃなかったか?」
「クソクラエ」
藤堂の喚き声を振り切り、河崎はちょうどきたエレベーターにさっさと乗り込んだ。
何もかもがクソクラエだ。
河崎は苦々しそうに顔を歪める。
二年前のあの日、それは河崎にとって青天の霹靂だった。
ニューヨークから戻ったばかりの河崎に、上司の馬場が、それみたことかと、勝ち誇ったような目つきで浩輔の退職を告げた。
『お世話になりました。最後まで役立たずの部下で、申し訳ありませんでした』
浩輔が河崎に宛てた手紙の中身は、他にはチビスケのことをよろしく頼む、とだけ。
ヘラヘラと懐いてくる浩輔を、媚びを売るその辺の女どもと同じだと…手を出した。
一皮剥いた面を晒してみろとばかり。
ところがムキになって俺にぶつかってくる浩輔は相変わらずひたむきで、真っ直ぐで。
子分を従えたガキ大将よろしく、いい気になっていた。
俺の後ろを一生懸命チョロチョロついてきた浩輔が、まさかいなくなるなんて、思ってもいなかった。
女どもが結構ひどい嫌がらせをしていたらしいが、周りが何と言おうと俺についてくればいいんだと、お前もそう思っていたんだと…。
突然自分の腕の中からすり抜けていったものの大きさに河崎は愕然となった。
今までかつて味わったことのない、計り知れない喪失感に全身が戦いた。
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