誰にもやらない34

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「でも河崎さんは、実力があるって認めたら切り捨てたりしないよ。仮にその人を個人的に嫌いでも。そのかわり、見かけだけのものや、努力しない人間に対しては容赦ないけど」
 メンバーも佐々木も、一斉に浩輔を見た。
 妙に周りが静まり返る。
 佐々木と目が合い、浩輔はつい河崎を擁護するような発言をしたことを後悔した。
 佐々木に答えを求められていることを忘れているわけではない。
 先日、たまたま河崎の仕事を垣間見てからというもの、直子には、「コースケちゃん、ヘーンシン!」なんて言われながら、浩輔は人が変わったように仕事に没頭している。
 仕事にかまけて、浩輔はまだYESともNOとも返事をしていないが、佐々木は優しくて憧れの上司に変わりはなかった。
 そのうち、場所を変えて三次会だ、と、キョウヤが喚きだした。
「明日も仕事が早いし、帰るで、コースケ」
 すかさず、佐々木が念を押すように言った。
「あ、ハイ」
「佐々木ぃ、公私混同してない? コースケちゃん、そんな上司、さっさとふっちまえ!」
 かなりできあがっているキョウヤは大きな声で文句をたれるが、そのままお開きとなり、外に出ると、雨に雪が混じっていた。
「さっむー! それじゃあ、お疲れ様でした」
 タクシーを拾うためにさっさと大通りへ歩いて行く佐々木を、浩輔は慌てて追う。
「あ、あれ、ひょっとして噂の河崎さんじゃねぇ?」
 ゲンが背後で言うのが聞こえた。
 振り向いた浩輔の目の先に、黒いベンツが停っていた。
 その前に立っていた影が動いて、ツカツカと、自分の方に歩み寄ってくる。
 足が動かない。
 グイと、力任せに腕を掴まれ、引き摺られるようにして、浩輔はサイドシートに押し込められた。
「コースケ!!」
 気が付いて駆け寄ろうとした佐々木の顔が、バックミラーに映し出された。
 車はあっという間に首都高に乗った。
 大きな白い粒がひっきりなしにフロントガラスに叩きつけられる。
 湿り気を含んだ、重い雪だ。
 車内は冷えきっているのに、心だけ、ジリジリと焦がされる。
 鼓動がやけに早くなる。
 ハンドルを握る河崎も浩輔も言葉を発することなく、緊張がいや増していく。
 浩輔は状況を把握できないまま、寒さだけでなく、歯がガチガチ鳴るほど震えていた。
 携帯が何度か鳴ったが、河崎は電源を切ってしまった。
 真夜中、雪の中を車は疾走する。
「俺、帰るんです。降ろして下さい」
 浩輔はやっとそれだけ口にした。
 しかし答えはない。
 車は既に渋谷を通り過ぎ、首都高を降りた。
 ようやく、その辺りがどこなのか、浩輔は気づいた。
 河崎は三軒茶屋の交差点を世田谷通りにハンドルを切った。
「え…ここ…」
 宮の坂にある二階建てアパート。
 車はその前で停った。
 河崎は車を降りると、のろのろとドアを開ける浩輔の腕をまた掴んだまま、ガンガンと足音も荒く、階段を上がって行く。
「河崎…さん…?」
「送ってやったんだ。さっさと鍵、出せよ」
 河崎は以前同じように強い口調で命令する。
「え…あの…」
「グズグズすんじゃねーよ」
 吐き捨てるように言うと、河崎は、浩輔がジャケットのポケットから取り出した鍵を引ったくるように取り上げた。

 


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