テーブルの上が片づけられるのもわからず畳の上でぐっすり寝ている良太に毛布をかけてやり、工藤は風呂に入ることにした。
プライベートでゆったりと温泉につかるなど滅多にないことだ。
湯船の中で長い脚を存分にのばし、工藤は風呂の淵に腕をかけてもたれかかる。
秋山が勝手に張り込んでくれたスイートルームにある展望風呂は檜の香りが心地よい。
日中天気がよければ猪苗代湖を臨めるらしい。
もっとも、降りしきる夜の雪を眺めて入るなどというのもそうそう味わえる光景ではないだろう。
ギ…とドアの開く音がした。
「良太、目が覚めたのか? 一風呂浴びたらどうだ」
工藤が声をかけると、良太が顔を覗かせた。
「はあ……」
良太はおそるおそるあたりを見回すが、そこには工藤がひとり、風呂につかっているだけだ。
豪勢な檜の風呂から湯煙があがっている。
目が覚めた時、良太は一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
静かな空気、趣のある畳の部屋を見回しているうちに、ようやく猪苗代のホテルまでやってきて、工藤や千雪と食事を取ったことを思い出した。
既に時間は十一時になろうとしている。
ここにきたのが七時過ぎで、食事して、そのあとの記憶がない。
少なくとも二時間近く寝ていたらしい。
秋山が手配したというこの部屋は、和室といい寝室やリビング、風呂といい、どこをとっても広い。
「スイートだよな?」
人気作家小林千雪との打ち合わせだからとはいえ、自分が泊まるには豪勢過ぎる気がするのだが。
和室を出てスリッパを履き、寝室をのぞいてみるがドアは開いていて誰もいる気配はない。
その時、パシャと水音がした。
「工藤さん? 千雪さん?」
二人の姿がない。
よもや先ほどほろ酔い加減で考えていた状況が展開されていたらなどと、と思い巡らせているところへ、工藤の良太を呼ぶ声がした。
「千雪さんは?」
「とっくに出てった。京助のバカが迎えに来て、近くのリゾートマンションに行くんだとさ」
なんだ、そうなのか。
ほっとするような、もの寂しいようなそんな複雑な心境でぼんやりしていると、「突っ立ってないで、入ったらどうだ?」と風呂の中の工藤が見上げた。
「はあ…」
「お前も何かトラウマか?」
「違いますよ!」
良太はたったか脱ぐと、かけ湯をし、申し訳程度にタオルで前を覆うようにして湯船にそろりと足を入れた。
「ううう、あったまるぅ。あ、でも、うちの親がいる熱海のホテルの湯とまた違うな~」
「元気だったか? 両親や妹は」
「そりゃもう、ぴんすか。あれも温泉効果かな、肌なんかつやつやして、お袋なんか、なんつうか若返ったみたいで。オヤジも秋にぎっくり腰やったらしいんだけど、もうすっかりいいって」
良太が怪我をして入院した際、一度顔をあわせただけだが、良太によく似た明るい美人だったと工藤は良太の母親のことを思い出す。
「妹さんはどうした?」
その母親に似ているがはっきりした美人で、妹は兄貴よりかなり気が強いらしい。
「亜弓はしっかりしてるっつうか、俺の出る幕ないですよ、いつの間にか彼氏できたみたいだし。同じ中学の教員仲間らしくて」
「ほう?」
「ちぇ、あいつ生意気に、俺のことの方が心配だとかなんとか言って、紹介しろってもごまかしやがるし」
フン、と工藤は鼻で笑う。
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