ACT 2
佐々木が乃木坂の青山プロダクションを後にしてから一時間ほどたった頃、オフィスのドアが開いて、男が一人入ってきた。
上質な誂えと見て取れる黒のカシミアのコートにサングラスという、一見俳優か何かかと思わせるような風貌だが、それより並外れたガタイが目を引く。
「おう、沢村、小田先生もういらしてるぞ」
デスクから立ち上がった広瀬良太が出迎えてそう言った。
「ああ」
約束の時間よりは早めに着いたつもりの沢村智弘だが、そう言われるとまた気が焦る。
「さっき佐々木さんが打ち合わせに寄ったけど、お前が言うなってから、今日お前がここに来ることは言ってないけどな」
ちょっと睨むように言う良太に返事も返さず、沢村はコートを脱ぎながら、奥のソファセットへと向かう。
「遅くなりました、こんなところまでお越しいただいて申し訳ありません」
「小田と申します」
いかにも真面目そうな顔にはいくつかの皺が見て取れる四十代だろうカッチリとしたスーツの男は深みのある穏やかな声で言うと沢村を見た。
コートをソファの背に引っ掛け、胸ポケットから名刺入れを取り出すと、沢村は小田と名刺を交換する。
そのスマートなやり取りはできるビジネスマン同士といったところだが、名刺を持っているプロ野球選手はそういないだろう。
「S&Wコーポレーション、GM」
小田が沢村の名刺の肩書を読み上げる。
「いや、プロ野球じゃ名刺なんか持ってなくて、会社は主にウイルソンが動かしていてGMといっても私はほとんど肩書だけですが、今回の依頼は一応S&Wからということにしていただければ。ウイルソンも無論承知しています」
「わかりました」
小田がここ青山プロダクションの顧問弁護士だということは沢村も知っていたが、こうして直接言葉をかわすのは初めてだった。
経理の鈴木さんが二人にお茶を出して下がったところで、「で、ご依頼の内容を具体的にお話しいただけますか」と小田が言った。
こういう展開になろうとは、沢村もまさか考えてはいなかった。
数日前、スポーツ紙には、関西タイガース沢村選手が大手企業社長令嬢といよいよ結婚か、という文字が踊り、慈善パーティの晩の二人を捉えた写真が大きくスクープされ、写真週刊誌やネットニュースでも一気に拡散した。
ここのところそういったゴシップ記事からはとんと縁がなかった上、今年は三冠王こそならなかったものの、打点、打率では二冠、ホームラン王の代わりにチームをリーグ優勝まで引っ張った立役者として、解説者や評論家、ファンに対してもしっかりと実力を見せつけた年になった。
残念ながら日本シリーズでは敗者に終わったが、次なる目標として来年もチームを牽引することを期待されているのは間違いない。
沢村にしてみれば、チームに貢献できた、それ以上に佐々木との距離が少しでも縮まった一年だったのだ。
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