Winter Time1

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 世の中師走ともなれば、今時間を惜しまないでどうする、とばかり師、でなくとも世の中は走る。
 不況は依然どんと日本のど真ん中に根をおろして微動だにしないというところだが、とりあえずやらなくてはならない仕事をやり終えなくては年は越せないのである。
「はい、来年もどうぞよろしくお願いいたします」
 青山プロダクションの社員である広瀬良太が、春からまがりなりにもプロデューサーとして名前を連ねているスポーツ番組『パワスポ』。
 そのメインスポンサーである電話会社NDIへ、社長の工藤高広と一緒に年末の挨拶に訪れた良太はしっかと頭を下げる。
 パワスポは忙しい工藤に無理やりやらされたにせよ、良太が、企画や予算の算定から、業者の手配、タレントやスポンサーとの交渉まで、初めて一通り自分でこなした番組だ。
 当然、工藤に意見を仰がぬわけではなかったが、最終的にはお前が決めろ、と言われ、常に暗中模索状態。
 シナリオライターの大山の嫌味がましい物言いなどちいち気にしていられるほど楽な仕事ではないのだ。
 広報企画部長の中山はそんな良太ににこやかな笑顔を向けた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。いや、よくがんばったね。タレント業もこなしながらだろう? 体だけは大切にしなさいよ」
「え、いえ、あれはピンチヒッターでして、あくまでも……」
 唐突に持ち出された話題に良太は慌てた。
「なかなかどうして、評判がいいらしいし、今度はうちのCFに出演してもらうのもいいかもしれない」
「いえ、私などとんでもございません」
 工藤の機嫌の所在を考えると冷や汗ものだ。
 苦笑いを浮かべるしかない。
「あれは代わりを探す時間もなくて苦肉の策だったんですよ。そうそう二匹目のどじょうはいませんからね」
 謙遜してみる良太の横で、工藤がはっきりと否定する。
 この夏、青山プロダクション所属俳優中川アスカと一緒にCMに出演するはずだった、長田プロダクションのタレント尾崎貴司が怪我をして出演できなくなったというので、代理店の藤堂の意見で急遽、良太がその代役をすることになったのだ。
 その際、工藤は反対したが、良太はそれに反旗を翻して、強固にやると言い張った。
 代役にしては思った以上に周りの反応はよかった。
 のだが。
 実はスポンサーだった鴻池産業のCEO鴻池に唆されて、CMだけでなくドラマのちょい役までやることになったものの、良太は実際経験して初めて、演技も何も知らないド素人にそう簡単にできるものではないということが身に染みてわかったのだ。
 しかも、当初工藤が反対をしたのは、夏には久々家族と旅行の予定を立てていた良太自身とそれに楽しみにしていた家族のことを慮ってのこともあったのだ。
 いずれにせよ、以来その時のCMやドラマのちょい役出演については、工藤がよく思っていないことは十二分にわかっているし、今となっては良太の中でもいわゆる黒歴史となっているのだ。
「そうかね、惜しい気もするが」
 そんなことを呟く中山にもう一度頭を下げ、良太は車へと向かう工藤に続いた。
 良太には工藤の苦々しい顔が目に見えるようだった。
 カフェラッテのCMがオンエアされたことで、青山プロダクションにはあらためてあちこちから反響が届いている今、工藤の苛立ちを逆なでするような真似は極力避けたい。。
 車に乗り込むと、良太は君子危うきに近寄らずとばかり、余計なことを口にしないよう心してエンジンをかけた。
 

 


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