act 1
「月の女神アルテミスって感じ?」
夏も終わりの残暑の厳しいある日の午後、青山プロダクションに広告代理店『プラグイン』の藤堂がやってきて、プロダクション所属の看板俳優中川アスカを起用する化粧品のCMの打ち合わせをしていたときのことだ。
良太がぽろっと口にしたアスカのイメージを、それだ! と藤堂が呟き、この秋からオンエアされている美聖堂のCMがなんと結構な評判なのである。
頭上にはプラグインのデザイナー西口浩輔デザインになるティアラ、ギリシャ神話の女神のごとく白いローブの衣装をまとい、銀の弓に矢をつがえて立つその美しさに、巷に貼られたポスターが盗まれるまでの人気となっている。
「キャッチコピー料、ちゃんとお支払いするからね、良太ちゃん」
美味で知られるパンプキンムースを手に携えてヒットの報告にオフィスを訪れた藤堂はほくほくの表情を向けた。
窓の外は晴れているが、この秋一番の寒さだとテレビで気象予報士が伝えていた。
この青山プロダクション社長である工藤がニューヨークのエリートビジネスマンといった態なら、上等のツイードのコートに品のよいマフラーをして現れた藤堂は育ちのよいロンドンのジェントルマンといった風情だろうか。
「えー、いいですよ、そんな」
「ビジネスに遠慮は必要ないよ」
へへへ、とちょっと苦笑いするも、既に良太はとろけるムースについ夢中になっている。
「前にやったエレガントなCMはそこそこだったのに、なーんで今度のばっか」
ヒットしているというのに、明らかに不機嫌そうにムースをつついているのはCMに出演している当のアスカだ。
「そりゃ、ガチでカッコいい勇姿に……」
言いかけた良太の前に、アスカが持っていた雑誌をバサッと置いた。
「雄雄しい力強さを感じさせる横顔、中川アスカの真骨頂?! 何よこれ!? 冗談じゃないわ! 『週間日本』のライター、今度みかけたら一発お見舞いするくらいじゃおさまらないわよ!」
「へ? どうして? だって、えらく褒めちぎってるじゃないですか。どこまでも凛々しい女神は必ず狙った獲物をしとめるという。次に狙うべきターゲットもおそらく逃すことはないだろう………」
雑誌の記事を読み上げる良太の前で、バン! とアスカはテーブルを手で叩く。
「先週はこいつ、尾花沢菜美のことを可愛いのにエレガントだキュートだ、小悪魔的な微笑を浮かべながら品のよさをうかがわせるだ、散々歯の浮くような美辞麗句を並べ立ててたのによ!」
「でも、このライター、結構誠実に書く人みたいだし………」
スプーンを手にアスカの顔を見た良太は、次にアスカの後ろで笑っているマネージャーの秋山を見てようやくそれ以上言わないほうがいいことに気づく。
「だいたい、良太が余計なこと言ったからいけないのよ!」
「まあま、いいじゃないですか、CMはヒットしてるんだし、アスカさん、仕事のオファーが殺到してるんでしょ?」
今度はそこへ口を挟んだ藤堂に、アスカのきつい視線が向けられる。
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