「部類のコーヒー好きなんだよ。私は。しかも入れ方にはうるさい」
鴻池は言い訳のように言う。
「いただきます」
阿部が飲むのを見て、良太も紙コップに口をつけた。
「実は、君たち二人に、いい話がある」
ややあって徐に鴻池は口を切った。
「今度、私が出資するプロダクションに、君たち二人に俳優としてきてもらいたい」
ドキリ、と良太の心臓が跳ねる。
それって長田プロのこと?
「それは光栄ですね」
阿部は即答した。
「広瀬くんはどうだね?」
「いえ、俺は…」
「俳優として移るというだけだ。工藤を裏切るとかそういう問題じゃない。俳優として独り立ちした上で、この間も話していた新しい映画のプロジェクトに参加してもらいたいんだ。もちろん、プロデューサーは工藤だ」
鴻池は良太の言葉を遮って言い放った。
違う!
良太は心の中で断言する。
この人は俺にそんなことをさせたいんじゃない!
俳優なんて、そうそうおいそれとなれるものではないし、成功なんてさらに未知数だ。
それは、この業界にここ数年いただけでも十分わかっている。
この人こそそれを一番よく知っているはずだ。
そんな甘言にのったら、切り捨てられるだけだ―――――――!
「ありがとうございます。でも鴻池さん、俺にはその意思はありません。今度の仕事はいい経験をさせていただきましたが、俺には俳優の才なんてありません。俺は青山プロで、運転手でも何でもいいんです、一生でも働くつもりです」
静かに言い切った良太に、鴻池はわかった、と言った。
「残念だよ、広瀬くん」
冷たい、鴻池のその言葉はひどく冷たい響きを持っていた。
撮影現場である六本木のスタジオの近くまでくると、車は停まった。
阿部が降り、続いて良太が降りようとしたが、外にいた阿部が良太を押し戻し、思い切りよくドアを閉めた。
驚いた良太は鴻池に何か言おうとしたが、頭がくらりと揺れた。
何これ……!?
車に乗った時に鴻池にすすめられて飲んだ紙コップのコーヒーに何かが入っていたのだ、と確信するが、やがて意識は遠くなっていった。
スタジオでは時間になっても良太が現れないため、アスカと秋山はやきもきしていた。
「良太はまだなの? 連絡、まだつかないの?」
アスカに急かされ、秋山は良太の携帯を呼び出すが、全く応答がなかった。
少なくとも、携帯がつかえない場所にいるわけではないことだけは確かだ。
撮影もそろそろ終盤にかかり、良太が出演するシーンまでもあと数カットというところだ。
アスカが落ち着かないようすで何度目かドアを振り返った。
既に約束の時間より一時間が過ぎている。
オフィスに電話をし、鈴木さんに部屋を見てきてもらうが、鍵もかかっているし、いないようだという。
秋山は胸騒ぎがして、大阪に出張しているはずの工藤にも連絡を入れておいた。
良太の出番になってもまだ良太は現れない。
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