叩きつけるように受話器を置いた良太は、まだ怒りがおさまらない。
「長田プロが裏で糸を引いてるとしても、こいつはなかなか尻尾をつかませてはくれないな。良太、カッカくるだけ損だぞ。とにかく調べてからだ」
谷川に諭され、その場は頷いたものの、工藤がいない間に、と思うと良太はどうにも気持ちがおさまらなかった。
その夜、現場に顔を出すようにと工藤に指示された良太は、アスカや秋山とともに六本木のスタジオに向った。
「工藤は例のテロ事件の余波でニューヨークに足止めを食ったままでして、本当に申し訳ございません」
良太はまずディレクターに頭を下げる。
「事件に巻き込まれなかっただけよかったよ。工藤くんがいなくなったりしたら、業界も大打撃だからな」
縁起でもないことを言うな、とは心の中だけにとどめておく。
まもなく撮影が始まった。
アスカ演ずるところのヒロインはバイオリニストという設定である。
恋人役は人気俳優の大澤流だ。
映画監督と大女優の間に生まれた二世俳優で、我侭で自己中という評判があるが、舞台も踏んでいてなかなかの演技派である。
三分の二はイタリアのシーンが入ることになっているが、ここでの撮影は、日本にヒロインが戻ってきてからのカット割りだ。
コンクールにやっと入賞できただけで自分の思い描いている音が出せず、自分自身にも挫折し、ヒロインは苦悩する。
恋人にさえもう心を託すことができなくなっていたヒロインが、ある夜恋人を訪ねると、そんな彼女を信じられなくなった商社マンの恋人は別の女を連れ込んでいた。
失意のヒロインは一人日本へと向う。
そしてかつて同じ音楽院で学びながら、父親の死でピアニストを諦め帰国した青年を訪ねようとする。
ドラマはそんなシナリオで進んでいく。
「工藤はニューヨークに足止めだって?」
背後から声をかけられて、良太は振り返ると、ドラマのスポンサーである鴻池産業の取締役である鴻池が立っていた。
鴻池はMBCにいた頃から、大学からの後輩である工藤を可愛がっていて、常に工藤が手掛けた番組などのスポンサーに名を連ねている。
「鴻池さん、ご心配おかけして申し訳ありません」
「いや……、無事でよかったよ。まだ帰国の予定は立ってないのか」
「はい」
「それで、君が工藤に成り代わって指揮をとらなくてはならなくなったわけか」
「そんな、工藤に言われたようにただみてるだけしかできなくて、もどかしい限りです」
「今のカット、どう思った? 俺は気に入らないな」
「鴻池さん?」
良太は鴻池のセリフに不安が過ぎる。
「ちょっと話さないか?」
有無を言わせぬ雰囲気で、鴻池は先を行く
「え………、はい……」
スポンサーには逆らえないしな、と良太は言われるまま、鴻池についていった。
トイレから戻ってきたアスカは、「あれ、良太は?」と、秋山に聞く。
「うん……」
「秋山さんってば」
「悪い、アスカ、ちょっと席外す」
秋山はそそくさとスタジオを出て行った。
「何よ」
アスカは首を傾げるが、「アスカちゃん、次、行くよ」とディレクターに言われてスタンバイした。
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