Blue Moon1

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 朝、良太が目を覚ますと、工藤はもう出かけていた。
 工藤の部屋のキングサイズのベッドに一人ぽつねんと取り残された良太は、あぁあ、とため息をつく。
 愛された余韻も工藤の腕の温もりも手放すのが惜しくて、良太はまだ八時なのを確認すると、また目を閉じる。
 今頃工藤は空港に向かうタクシーの中だ。
 渡欧する工藤の代わりに急遽、良太が野元監督に会わねばならなくなって、工藤を送っていけなくなった。
 夢でなければ、工藤は出掛けにキスを落として行った。
 時折みせる工藤の常にない優しさに、夢うつつの良太は胸を切なくした。
 
 
   
 
    ACT 1
   
 
 その人がオフィスに現れたのはつい昨日のことだ。
 爽やかな五月の風を纏って微笑む美女は榎木佳乃といった。
「高広さん! 会いたかった!」と屈託なく工藤に抱きついた佳乃は、とても三十代後半とは思えない天真爛漫さで、美女というより美少女という表現が似合いそうな可憐さを持っていた。
 工藤が近日中に仕事で渡欧すると聞くと、「私も行きたいなぁ、アンダルシアとか、一緒に行ったらだめ?」などと言い出す。
「バカ。俺は仕事だ」
「とかなんとか、アンダルシアの恋人とラブアフェアが待ってるんでしょ?」
「いい加減にしろ。それより、お前は仕事か? 今回はどのくらいこっちにいるんだ?」
 心なしか、佳乃に対する工藤は誰に話すより優し気だ。
「うん、お兄ちゃんと親の法要があるし、一カ月くらい? ちょっとしたバカンス。東京なんかじゃつまんないな。高広さん、帰ってきたらどこか連れてってよ」
「だから忙しいって言ってる。東京がいやなら軽井沢、行くか? 行くんなら平造に頼んでおくぞ」
 甘える佳乃にもらしからぬ工藤の態度に、良太は内心穏やかではない。
「うん、お願い! いつ帰ってくるの? 高広さんもきてよね、軽井沢」
「来週末までには戻る。こっちのホテルの連絡先、そこの良太に教えといてくれ」
 工藤はたったか出かけてしまい、オフィスには佳乃と良太、鈴木さんの三人が残った。
 何で、俺が連絡先なんか知らされなきゃなんないんだよ。
 心のうちでぶーたれる良太だが、佳乃は良太に対してものほほんと話しかけてくる。
 鈴木さんは彼女と面識があるらしく、手土産のケーキを早速取り分けてお茶を出した。
 彼女はアメリカから帰国したばかりで、しばらく日本に滞在するらしい。
 ハーバードの研究室にいるという才媛はT大医学部卒、工藤の五歳下になる彼女の兄は工藤より学年は一つ下だが同じ法学部にいた。
 兄弟は工藤の子供の頃には隣に住んでいて、佳乃は工藤の曽祖父母に懐いて幼い頃はよく工藤の家に遊びにいっていた。
 兄の博也は真面目で工藤と仲が良かったというわけでもなく、妹を迎えに来たときに無愛想な工藤と顔をあわせるくらいだったが、佳乃は人見知りせず、無愛想な工藤にも愛想をふりまいていた。
 云々を佳乃が勝手に話してくれた。
「あら、じゃあ、高広さんの後輩なんだ? てことはお兄ちゃんの後輩でもあるのねー」
 良太が会社に入ったきっかけを聞かれて、大学でここを見つけたのだと話すと、佳乃はそんなことを言った。

 


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