「俺、別にギャラ関係なくやってもいいぜ? 知床いっぺん行ってみたかったし」
小笠原は軽く言った。
「そうはいかないよ。ビジネスはビジネスだからさ」
有り難い申し出だが、はいそれじゃ、というわけにはいかない。
「それとあとあとスケジュール立て込んでこなきゃいいけど」
それが少し心配ではある。
「それはナシ、な。もう打ち止めにしてくれよ。遊ぶ時間なくなっちまう」
このところ小笠原は順調だ。
この仕事を入れても、ここのところ仕事は選んでいるから十分休養も取れるだろう。
そうすると問題はスポンサーだが、ただ工藤が何て言うか、だな。
二人がオフィスを出ると、良太は電話に向かった。
相手は東洋商事の企画広報室である。
担当は広報室次長の肩書きを持つ中平といった。
工藤とは同年代らしいが、薄い銀縁の眼鏡をかけているせいか堅く冷たい感じのする男だ。
企画広報室は東洋グループ全体の広報を統括する部署で、東洋商事の高層階にワンフロアーを占領している。
グループ内企業にあるそれぞれの企画広報部からあがってくる企画案件は一度この広報室を通す仕組みになっているが、よほどのことがない限り、グループ企業の仕事にに対して口を挟むことはしない。
ただ、総合的なプロジェクトはこの広報室から進められ、最終的に決断を下すのは社長の綾小路紫紀だ。
室長の岡林はまだ数回しか顔を合わせたことがないが一見温和そうな紳士のようだし、良太からすると中平はやたら事務的でそっけない気がする。
紫紀は千雪の親族というせいか青山プロには非常に好意的で優しい気がするのだが。
数分待たされたあと中平が電話口に出た。
「お忙しいところ恐れ入ります。実は折り入ってご相談がありまして」
淡々と応対する中平に、良太は下柳との打ち合わせの内容をかいつまんで話した。
「そうですね、プランとしては面白いかと思いますが、既に案件を通したあとになりますし、こちらとしては前回提案させていただいた予算内でお願いしたい」
抑揚のない返事を返されて、でも、と言いすがる良太に、「それでは会議の時間がありますので」とけんもほろろに電話を切られてしまった。
「あちゃあ。取り付く島もないって、このことだな」
ってか、やっぱ俺なんかじゃ、役不足ってことかも。
くっそーーー!
あらためて自分の力の無さを痛感する良太だが、このままではどうにもならない。
メインスポンサーは諦めて、他のスポンサーに頭下げてみるか。
だが東洋商事以外はどこもそんな余分な金を出せるようなところはないような気がする。
そうだ、しかも、思わず思考の外に押しやろうとしていたが、大問題は霧弥の件だ。
「うっわあーー、どうしよー!」
両手で頭をかきむしる良太を見て、帰ろうとしていた鈴木さんは目をまるくする。
「まあ、良太ちゃん、一人で考えこまないで。何があったか知らないけど、工藤さんが帰ってきてからにしたら?」
「は、はあ、すみません、お疲れ様~」
へろっと笑って良太は鈴木さんを見送った。
「工藤の帰ってくるのなんか待ってたら、何もかもぽしゃっちまうよぉ」
良太はとにかく相談してみるつもりで工藤からの連絡を待った。
「ううう、もし今夜かかってこなかったら……」
工藤のパリ到着を見計らってこっちからかけるっきゃない。
今、五時過ぎだから、あと五、六時間かあ。
良太はふうと息を吐いて、壁の時計を睨みつけた。
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