ここのところ例の工藤のホットラインは鳴らないし、波多野とも顔を合わせる機会は今のところないが、いつまた何が起こるかわかったものではない。
波多野はおそらく工藤にとって敵ではないだろうが、得体の知れない男だ。
……………ちぇっ。
「おい、良太? 寝てないよな?」
思考を飛ばしていた良太がはっと我に返ると、目の前で小笠原が手をひらひらさせている。
「寝てない!」
「急に黙っちゃうからさ。お前、知ってんだろ? 秘書とかしてれば、工藤の女とかさ」
「そんなの知るかよ! 工藤なんかのことより、お前はどうなんだよ」
良太にしてみれば、これ以上突っ込んでもらいたくない話題だ。
「俺か? 俺は仕事がコイビト!」
「ざけてんなよ」
「お前こそ、ほら、あの子、どうなったんだよ? 花見の時、きてたじゃん、元カノとかって」
「かおりちゃんとはいい仲間だけど、そういうんじゃ、ない」
無闇にポテトチップを齧りながらきっぱり良太は言った。
「なんで? なかなかいいせんいってんじゃん」
「いや、肇のやつがかおりちゃんのこと好きみたいで……」
逡巡しながら言葉に詰まるとつい酒に手が伸びるので、結構ハイペースでグラスが空いた。
小笠原はすかさず酒を注ぎ足して、「じゃねぇだろ? 俺はお前の気持ちを聞いてんの」と引き下がろうとしない。
「そんなぐだぐだしてっから、霧弥のやつなんかにつけ込まれるんだぞ?」
「んなこと、お前に関係ないだろ! だいたい何でそんなこと、お前が知ってんだよ?!」
『春の夜の』の映画音楽を担当したミュージシャン霧弥は実に喰えない男だった。
まさか小笠原からそんなことを言われると思わなかった良太は、カッと頭に血が上る。
「野元がさ、心配してたんだよ。あの人とは前に映画やったときから飲み友達」
「あ、ああ、そっか…」
そういえば、野元監督にまだ礼もしていなかった。
といってもあれをどう、礼を言ったものか、なのだ。
霧弥にホテルに連れ込まれて襲われそうになったところを助けてくださいまして、なんて。
「霧弥って、かなりなイカレやろうだからさ。気に入ると強引に食う。あとでゴタゴタんなっても、やたら弁の立つ弁護士やろうがついてて、やつにやられたって女の子なんかも泣き寝入りって話。そんで女だけじゃねーんだ、これが」
「それこそ、男が男に襲われましたなんて、どの面下げて訴えられるよ。だいたい仕事でこれからも顔合わせるし。なんで、あんなすごい音作れるやつが、ああなんだか……」
また霧弥とこのことを思い出して、腹の中が煮え繰り返った勢いで、また良太はグラスを空ける。
「だいたい、何で、俺、なんだよっ!」
ドン、と良太はテーブルを叩く。
「イタリアとかパリでも襲われたって?」
小笠原はにやにや。
「くっそ、アスカさんとかがしゃべったんだろ!」
「わかる気がするな~、ちょっと酔っ払うと、黒目がちなうるうるした目でお前じっと見つめるだろ? 相手が勘違いすんじゃねーの?」
「うっさい、俺は睨んでんの!」
氷を取りに立った途端、良太の携帯がベートーベンの第五番を奏で始めた。
「おんやあ、彼女からのラブコール?」
からかう小笠原に、「んなんじゃない!」と言い返し、良太は携帯に出た。
「はい、シャチョー、お疲れ様です~」
ちょっと久しぶりの工藤の声に、小笠原がいるのも忘れて何となく嬉しくなってしまう。
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