夏が来る23

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 だが、出て行くと言った手前、やはりピアノの問題があってすぐに部屋を探すのは難しい。
「いや、全然まずくないけど、全然、すぐにでも響さんに来てもらいたいくらいだけど、問題はピアノだよな。ちょっとくらい高くても一軒家で、防音対策もしてもらうとして、ピアノを運ぶ専門業者に頼まないとな」
 何のことはない、井原はあっという間にそこまで考えていた。
「あ、いや、何も今すぐってことは、ないと思うけど」
「とりあえず、いざという時には動けるよう、あたりをつけておきますよ」
「あ、うん。急に、ほんと、悪いな」
 響はつい井原に寄っかかってしまうことに、申し訳ない気がした。
「何言ってるんですか、いつでも何でもしますから」
 井原は張り切って言った。
 追い出されることを覚悟していた響だが、数日は父親から何も言ってくるようすはなかった。
 夜、母屋で食事をする時も、いつ父親がやってくるかもしれないと構えていたが、日曜以来顔を合わせてもいない。
「しょうがないと勝手にやれと思ったとか?」
 放課後音楽室にやって来た井原がそんなことを言った。
「まさか。俺が音大行くことだって、そんなロクな職にもつけないような大学行ってどうするとか、言ったオヤジだぞ?」
「はあ……」
「祖母が体裁ばっかの人で、母親のこと祖母と結託して追い出したヤツだし。大学の費用だってじいさんが出してくれたから何とか行けたんだ」
 大学のことは置いといても、母親を追い出したことは、響の中で絶対父親を許せない理由だった。
 学校から帰ったら母親がいなかった。
 響が中学二年の時のことだ。
 どこへ行ったんだと泣き喚き、父親に聞いても何も答えてはくれなかった。
 祖母など響と顔を合わせることさえ嫌がっていた。
「お母さん、今どこにいるか知ってる?」
「さあ、実家の伯父さんに聞いても分からないって言われたし」
「そうなんだ。探さないの?」
「俺のこととかももう思い出したくもないのかなって。そんな風に追い出された父親の子供だし」
 ただ、ビデオ通話でよく話していた祖父が、いつかお母さんにも会える時が来るよ、などと言っていた。
 響は祖父が自分を慰めてくれたのだと思っただけだったが。
「あ、また来てるし、ガリレオ」
 そんなことを言いながら音楽室にやってきたのは寛斗だった。
「何だよ、お前こそ、もう引退したんじゃないのかよ」
「今日はここで瀬戸川と待ち合わせなんだよ」
 寛斗と瀬戸川は付き合い始めても傍目から見ると二人の関係性は全く変わっていなかった。
 寛斗がバカをやって瀬戸川が怒る。
 変わったことと言えば、二人が一緒に帰っていくのが日課になったことだ。
 追いコンの二人の息の合った演奏からも、その関係性が微妙に変化していることは間違いないだろう。
「あ、そういえばさ、キョーちゃんのお母さん、日本に帰ってきたんだって?」
 響は驚いて寛斗を凝視した。
 


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