夏が来る24

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 たった今、井原と話していたように、誰も母親の行方を知らなかったはずだった。
 ましてや寛斗の口からそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかった。
「何だよそれ? そんなこと何でお前が? 誰がそんなこと言ってた?」
 思わず響は寛斗に詰め寄った。
「え、誰って、うちのオフクロが、昨日言ってたから」
 それを聞くと益々響の頭の中はこんがらがってきた。
「は? 何で? お前のお母さんが、俺の母親のことなんか」
「だって、美晴さんとオフクロ、たまたま同じ二子玉川の出身だってことで、オフクロがこっちに来た時から仲がよかったって」
 そんな話は初めて聞いた。
「美晴さんが離婚してニューヨーク行っても連絡取り合ってたみたいだし、美晴さんにはキョーちゃんのおじいさんがキョーちゃんのこと教えてくれてたって」
 響は言葉も出てこなかった。
 何だよ、それ?
 じいさん、知ってたのに俺に教えてくれなかったのか?
「その美晴さん、今どこにいるって?」
 響の代わりに聞いたのは井原だ。
「えっと、この春から音大で教授やってるって」
「どこの音大だよ?」
「多摩川近辺の音大って、瀬戸川に聞いたら東京音大だって」
 東京音大は響の母校だ。
 一体どういうことだ?
「何が何だか、さっぱりわからない」
 響はようやくそれだけ呟いた。
「え、キョーちゃん、もしかして知らなかったとか?」
 寛斗の答えに響は黙って頭を振った。
「響さん、寛斗のお母さんに、確かめてみよう」
 井原はそう提案したが、響はすぐにうんとは言えなかった。
 響にとって祖父は唯一響の味方である存在だった。
 なのに、母親のことを響に隠していた。
 いや、そうだ、いつかお母さんに会える時が来るよ、って、あれ、ほんとにそういう意味だったのか。
 はあ、と響は大きく息を吐いた。
「響さん、それ、悪い癖だ。自分の中に閉じこもってしまったら、ダメだ」
 井原に言われて響は顔を上げた。
「そうだぜ? 何があったか知らんけど、前に足踏み出さないと。キョーちゃん、母さんとこ行って聞いてみようよ」
 寛斗にまで言われて響は苦笑した。
「負うた子に教わるってこのことだな」
 その時ドアが開いて、「ごめん、先生に捕まっちゃって遅くなった」と言いながら瀬戸川がやってきた。
「ん? どうかした?」
 微妙な空気を感じ取るのは瀬戸川の得意技だ。
「いや、それがさ」
 そして、こいつ、絶対ウソがつけないやつ、の典型が寛斗だ。
 隠し事もおそらくできない性分だろう。

 


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