「気に入らないなら出て行くって、響さん、啖呵切ったらしいけど」
「あらら」
「俺としては、すぐにでも響さんを連れてこの街を出て行ってもいいんだが、あの人、背負うものがでかいだろ。グランドピアノを置ける家をまず探さないと」
井原は頬杖をついて続けた。
「とか言っても、今ここで二人で駆け落ちってわけにもいかないよな。学校にもトンデモスキャンダルを提供することになるし」
元気は笑った。
「まあ、あれじゃん? もし、響さんが家を出ることになったとしても、とりあえずピアノ教室やれるとこ探して、お前んとこに住めばいいだけで」
事も無げに元気は提案した。
「それしかないよな。お前は? お前の親とかは豪とつきあってること知ってんの?」
「母さんは、まあ、俺のこと、嫁に行くかもしれないとか、それこそトンデモ勘違いしてくれてるし」
今度は井原が笑う。
「何だよ、それ」
「兄貴は昔からよき理解者だ」
「へえ、何の問題もないってわけか。人と付き合うって、やっぱ当人同士だけってわけにはいかないよな。秀喜と江藤さんもいろいろあったわけだろ」
「お前の親は?」
元気に聞かれて井原はしばし口を閉ざす。
「そろそろ紹介したいと俺は思ってる」
「大丈夫なのか?」
少しばかり心配そうに元気が聞いた。
「多分。でも万が一のこともあるし、あらかじめ伝えるつもりだけど」
「とりあえず、年度末にしろよ。卒業式終業式済んでから」
「フン、冷静なこと言いやがって」
その時、ドアが開いて男が一人顔を覗かせた。
「駅から歩いたらかなりあるのな」
男はそんなことを言いながら井原と一つ置いた椅子に座った。
「ただの運動不足だろ。コーヒーでいいか?」
「アイス! にしてくれ。汗かいちまった」
同年代のようだが、眼鏡をかけ、短めでも髪は茶髪、ジーンズにジャケットを羽織っているが、男は何となく一般人とは違う雰囲気を漂わせている。
井原は目で、何でこいつが来るんだというように元気を見た。
「みっちゃん、GENKIの。俺の高校の時のダチで井原」
先日の追いコンで、GENKIのヒット曲を歌ったなら井原も知っているだろうと、元気が簡単に二人に紹介すると、「どうも」と互いにちょっと頭を下げる。
「んじゃ、俺は退散するかな」
腰を浮かしかけた井原に、「あ、気にしないでいいっすよ。元気のダチなら」とみっちゃんが言った。
元気がアイスコーヒーをみっちゃんの前に置くと、みっちゃんはゴクゴクと半分程飲み干し、「生き返ったあ」などと喚く。
「お前がわざわざこんな田舎まで出向くとか、またろくでもない話だろ」
腕組みをした元気が、みっちゃんを見下ろした。
「あのさ、こんな気候のいい田舎に引っ込んで、日がなコーヒーを入れて有閑マダムとダベるとか、そんな羨ましい隠遁生活を送っているお前に、都会の喧騒の中で何かに追い立てられるように毎日緊張を強いられている俺の気持ちがわかってたまるか」
みっちゃんは一息に言い放つとまた、アイスコーヒーに取り掛かる。
「フン、芝居がかったセリフに騙されるかよ」
元気は眼を眇めてみっちゃんを見やる。
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