「あの朝、たまたま母親に届け物頼まれて叔母さんちに寄ったら何かバタついてて、午後から追いコンがあって、保護者も行けるっていうんで信之より叔母さんが何を着ていくかで騒いで」
向井はコーヒーを飲み、続けた。
「信之がサックス始めたっていうし、音楽部とか懐かしくなってついてったのよ。昔、元気もバンドやってたなとか思い出して。そしたら、元気が出てくるんだもん、思わずタイムリープしたのかと思っちゃったわよ、全然変わってないし」
向井は笑った。
「向井さんは、変わりましたね。すっかり大人の美女になっちゃって」
元気は笑みを浮かべてそう言った。
「あら、お世辞言うようになった! それに髪伸びたね。後ろから見なくても美女みたい。ちょっと、何で未だにそんなきれいな肌してんのよ! 昔も女子にやっかまれてたわね」
二人がそんな会話をしているうち、井原はみっちゃんにこそっと「誰?」と聞かれて、「元気の元カノでY新聞記者だって話」と耳打ちした。
それを聞くとみっちゃんは眉を顰めた。
「でもよかったよ、ヴィヴァルディ。ロックやってるのに完璧」
「ありがとうございます」
「ほんと、元気って面白かったわよね? 井原くんだったよね? 音楽部長で生徒会長だった。元気ってば季刊誌作ってる時とか、ブランデンブルク協奏曲を鼻歌にしてたのよ」
向井が井原に声をかけた。
「だから俺、子守歌がブランデンブルク協奏曲だったっつったでしょーが」
元気が笑いながら言った。
「あれ、井原くんがボーカルやった『声をあげろ』って、元気が作ったんでしょ?」
だが、向井この言葉に、緊張が走り、しんと静まり返る。
チェロの音だけがゆっくりと流れている。
静寂を破ったのはやはり向井だった。
「やだ、そんな顔しないでよ。私の部署、エンタメじゃないし、でなくても後輩のことでスクープとかないから」
だがそう言われてもはいそうですかとそのまま受け取ることは元気にはできなかった。
「だいたいさ、スクープなら、もうとっくに記事になってるわよ? 何が驚いたかって、たかだか田舎の高校の追いコンに、ロンティボー優勝した和田響と、GENKIの謎のギタリストGが共演して、おまけに人気フォトグラファーの坂之上豪が撮影してるとか、あり得ないわよ」
今度こそ元気は少し冷ややかに向井を見た。
「さすが、敏腕記者って噂、聞きましたよ。でも俺がGENKIのって」
「やあね、あんなマスクごときで私の目がごまかせると思う?」
そう言うと、向井は井原の向こうにいるみっちゃんに、「ね、古田さん」と呼びかけた。
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