みっちゃんはちょっと驚いて顔を上げたが、立ち直りも早く「どうも」と営業スマイルを浮かべる。
「元気ったら、そんな怖い顔しないでよ。私の好きなきれいな顔が台無しじゃない。心配しなくても、元気はここで、美味しいコーヒーを入れる時間を誰にも邪魔されたくないんでしょ?」
あっけらかんと笑う向井に、元気は苦笑する。
昔から断言的にものを言う人だった。
大抵彼女の言うことは当たっていたのだが、たまに言われてみるとそうなのかと思わされることもあった。
元気にとっては、彼女の卒業の際、終わりを告げられたことは、掛けていた梯子を登っている最中に外されたようなものだった。
三年になってからは、彼女のことをシャットアウトし、特定の相手は作らず、やりたいことに熱中した。
だから卒業後の彼女の消息を知ろうとも思わなかった。
彼女の卒業と同時に別れて以来初めて会った彼女は、見てくれは大人だが、まるで昨日の続きのように物言いも笑顔も同じに見えた。
だが、元気は井原が響を待っていたように彼女を待っていることもなかったし、元気を捨てたのは彼女だ。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
向井は立ち上がった。
「ありがとうございます」
元気は何の拘りもなく笑みを浮かべた。
向井は千円を出し、「お釣りはいいわ。懐かしさのお礼」とぱちんとバッグを閉じた。
「ねえ、元気」
ドアの前で向井は振り返った。
「今付き合っている人、いるの?」
唐突に聞かれて元気は一瞬口にすべきかどうか迷った。
「ええ、いますよ」
するりと答えた元気に、「ふーん、やっぱりね」と向井は言った。
「え……」
それはどういう意味だ?
「じゃね、お邪魔様」
ドアが閉まっても、元気は最後のセリフが気になっていた。
「あらら。あんな美人な才媛、滅多にお目にかかれないぞ。いいのか? 元気」
揶揄するのは、その才媛に一瞬ヒヤリとさせられたみっちゃんだ。
「うるさいよ。もう彼女が卒業する時に振られてんだよ」
元気は煩そうにレジを閉めると、カウンターの上のカップを取り込んで洗う。
「井原らや秀喜みたいな十年後にハピエンとか希少なケースだろうが」
「案外、彼女の方が今頃、逃した魚の大きさに嘆いていたりして。そもそも何で振られた? 二股?」
おちょくる井原を睨みつけて、「するか。やっぱ遠恋は無理とか、年下は物足りないとか、そんなことなんじゃね?」と元気も今になって思う。
「その割に彼女、メチャ元気のこと懐かしがって色々話してたよな、さっき」
「そうか?」
とりあえずマスコミに情報を流されたりしないだろうことだけで、元気はほっとした。
今となっては、彼女の存在はそんなものだ。
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