花のふる日は19

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 ヤクザと一言ではくくれない、人それぞれの人生があるのだろう。
「けど、いくら晴れとっても寒ない? 俺、手ったおか?」
 千雪は社交辞令的に申し出てみた。
「へっぴり腰じゃ、薪割りなんかできやせん」
「部活で結構やらされたよって、ちょ、貸してや」
 根が捻くれているせいで、否定されるとやったるわとばかり置いてあった斧を持ち上げると、千雪は小気味よい音を上げて薪を割り始めた。
「部活は何をやっとったんですかい」
「剣道。一応、段持ちやで。一年の時、さんざ薪割りやら掃除やらやらされよったからな」
 その剣道も、思い出すと苦い悔いが蘇る。
 実際喧嘩に巻き込まれたのは下級生だが、三年の春の大会出場辞退に追い込まれたのは原因を作った自分のせいだと頭を下げた千雪に、部員たちは千雪のせいではない、自分らが悪いのだと唇を噛んでいた。
 たかだか十八年ばかりの人生でもいろいろあるのだ、この老人の年齢になれば、人に言われぬこととてあるに違いない。
 老人の思いを想像しながら、「それこそ勝手な憶測やな」とちょっと笑い、千雪は薪を割った。
 積み上げてあった薪を割り終えた頃、老人は昼にしようと千雪を呼びに来た。
 老人についてキッチンに入っていくと、テーブルの上の皿にはおにぎりが十個ほど乗せてある。
「ほな、遠慮のういただきます」
 湯飲みに茶を注ぐと、老人も向かいに座っておにぎりをひとつ取った。
「美味いな、おっちゃん、今朝のオムレツも美味かったし」
「若い頃は板前を目指したこともあってな。まあ、握り飯で板前もくそもないが」
 老人は苦笑いする。
「俺、カレーしかできひんし、美味いおにぎり作れるだけで尊敬するわ」
 そう言ってから、ふと、そういえばもう京助に食事を作ってもらうこともできないな、と千雪は思う。
 京助はおせっかいなのだ。
 困っていれば手を貸さずにはいられない、それはよくわかっている。
 自分もそのお陰で東京で生きてこられたようなものだと。
 でも、あのモデルとのことはおせっかいを超えている。
 状況を聞けば気の毒な人だ。
 だがその人の思いを受けとめたのなら、京助は彼女の傍にいるべきだ。
 むしろその方が、男と公衆の面前で修羅場ってたなんてスクープされるよりマシだろう。
「あとで、おにぎりの作り方教えてくれへん? 俺もええ加減、自分でメシくらい作れるようにならんと」
 キッチンは広く、大きな作りになっている窓からはさっきまで薪割りをしていた裏庭がゆったり眺められる。
「あれ、右側の大きな木、桜やろか?」
 雪を被った庭の中に一際大きな木が屋敷を見下ろしている。
 蕾もまだ眠りから覚めていないようすで、東京辺りと比べれば開花は随分あとになるのだろう。
「ああ、前のご当主が大事にしておられたということで、社長も子供の頃は毎年ゴールデンウイークには必ずこっちにこられて咲くのを楽しみにしとられたんじゃが、今は愛でるのもこのじじい一人で、桜も寂しがってることじゃろ」
 極道のイロボケヤロウ、おまけに薄情なヤツなんや。
 心の中で千雪は毒づく。
 昼近くになると日差しが出てきたので、根雪がなくなるまでにはまだ時間がかかりそうだが、朝方降った雪は消えたようだ。
 せっかくの軽井沢だし、エッセイのネタを仕入れられるかもしれないと、散歩をしてくると老人に告げて、千雪は屋敷を出た。
 門まで歩いて数分、白樺林が続く細い道をしばらく行くと割と広い通りに出る。
「芭蕉の碑とかあるみたいやし。……うーん、けど、女性誌のエッセイに芭蕉なんて、渋過ぎるやろかなぁ」
 独り言を呟きながら、千雪は思いがけない早春の軽井沢をしばし楽しむことにした。

 


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