花のふる日は21

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 その後、雷がなりを潜めたからか、あるいはひとみの強烈なヘボ呼ばわりに奮起したのか、アイドル俳優はかろうじて及第点スレスレの演技をみせて、何とか撮影は終わった。
「二、三日ここで羽を伸ばしていくわ」
 四時を過ぎた頃、ホテルを出る工藤に、ひとみは言った。
 ホテルのスイートを押さえているのだという。
「これ以上羽を伸ばしてどうするんだ」
「可哀想に、仕事中毒は東京に戻るわけ? あんなとこ、人間の住むとこじゃないわね、ここと比べたら」
「だったら、永遠にここにいろよ」
「そうね、桜もこれから見頃だし。あら、高広、今頃東京に戻ると、満開の桜が出迎えてくれるんじゃない?」
 あてつけがましい台詞に送られて、工藤はホテルを出た。
 厄介な相手に知られたものだと工藤は舌打ちする。
 知られたというか、荒れていた当時の工藤への文句を散々を平造に並べ立て、ひとみが平造から聞き出したのだ。
 昔、ちょうど桜が盛りの頃、恋人に自殺されたという哀れな男の顛末を。
 以来、この時期になると感情がコントロールできなくなるという情けない話を。
 自分の情けなさを押し込め、鼓舞するために周りに怒鳴り散らし、最近ではさすがに酔って暴れるようなことはしなくなったはずなのだが。
 バカなことをしでかした。
 工藤は大きく息をついて、車のエンジンをかけた。
 
 
  
 

 
 
 初めて歩く軽井沢なのに、かつて何人もの文豪が歩いた地だと思うと、何やら懐かしささえ感じつつ、千雪は歩を進めた。
 父親の小林和巳もまた、故人を偲びながら軽井沢や小諸を母と訪ねたことがあると、いつだったか話してくれたことがある。
 とりあえず芭蕉の句碑があるという場所を訪ねてみることにした。
 空は晴れているがさすがに山里は空気が冷たい。
 冷たいが確かに東京辺りの空気とは違う気がして、大きく息を吸った。
 句碑は追分にあった。
  

 馬をさへ なかむる雪の あした哉
  

 きれいな句だ。
 純粋に言葉の美しさについて書こうかと漠然と千雪は思う。
 高校の時に読んだ「野ざらし紀行」の中の一句である。
 何かしら面映い気がして研究者の父にではなく、当時は古文の先生と芭蕉の解釈についてやり取りをしたことなどを思い出しながら、刻まれた文字を目で追った。
 高校時代へ思いを馳せれば、自然、そこには研二の姿がある。
 千雪の中の研二は高校時代のあの時のまま、微笑みかけてくれる。
「まあ、渋すぎるいうなら、もう、エッセイ書けやなんて声もかからんやろ」
 しばし句碑の前にたたずみ、遠い日へと思考を飛ばしていた千雪は、ようやく我に返ったように、もと来た道を帰り始めた。
 
  
 

 
 
 別荘の当主が帰ってきたのは、日も沈みかけてぐんと冷え込み始め、平造が夕餉の支度に取り掛かった頃だった。
「お帰りなさい」
「ああ」
 出迎えた平造に、いつも以上に不機嫌そうな顔で答えた工藤は、逡巡しながら煙草を銜えた。
「………あいつは、どうしてる?」
 ようやく口にして、工藤は煙草に火をつけた。
「今日は散歩に出られて、戻ってからはレポートをやるとかで部屋におられますが」
「…………そうか」
 怒って出て行くとか、逆に部屋に閉じこもるとか、思い描いていたのとは違う状況に、工藤は戸惑い気味に口篭る。

 


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