花のふる日は32

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「今、西岡警部がおっしゃいましたよね、屈強な刑事を『油断させておめおめと殺してしまった』のが犯人ですよ。俺以外のね。渋谷さん、俺用に使てたメルアド、他に知っている人はいてへんのですか?」
 すると渋谷は一瞬何かを思いついたような顔で考え込んだ。
「いい加減御託を並べるのはやめて、とっとと吐いたらどうだ?」
「証拠もなしに犯人扱いっていくらなんでも優秀な日本の警察がやることやあれへんでしょ? 第一、俺が犯人やいうんなら、動機は何です? 俺は被害者の誰とも面識はないし、ましてや殺すような理由があるはずがない」
「だったら、一昨日の晩と昨夜、どこで何をしていた!」
 また西岡が激昂する。
「やから言うたでしょ。東京にはいませんでした、原稿書くためにあるところにいました、て。一昨日も夕べもです。今朝、東京に戻って来たんですから」
「それを証明する人間は?」
「……それは………」
「フン、そんなデタラメ、通用すると思ってるのか?!」
 千雪は黙り込んだ。
 確かに、ぼさぼさ頭の黒渕メガネの小林千雪を証明する者はいないのだ。
 ああ、めんどくさいことこの上ないな………
 高梨さんと電話で話したんは、犯行時間とずれてるし、電話やからな………証明にはならへんやろし………
 千雪が連行されて既に二時間、千雪にしてみれば無駄な時間が流れた。
 だが、この頭でっかちの刑事たちは、くだらない人相風体にばかり踊らされて真実からかけ離れたところにいる。
 どう考えても真犯人は俺を犯人に仕立て上げるつもりなんや。
 しかも昨夜の犯人は、明らかに一昨日の犯人に便乗しているし。
 だが、今のところ、刑事たちが根負けしてくれる以外、千雪にも打開策は見つからなかった。
 
 
  
 

 
 どのくらいたったか、西岡が痺れを切らして沈黙を破った。
「いつまで黙ってるつもりなんだ!」
 西岡が拳でテーブルを叩いたのとドアがノックされるのとほぼ同時だった。
 現れたのは、捜査一課の若手の刑事である。
 刑事は渋谷に何か耳打ちすると、すぐに渋谷も一緒に出ていったが、千雪が厳めしい顔の西岡と気まずい思いをする間もなく、また渋谷が現れた。
「お入り下さい」
 千雪は渋谷の後ろから現れた大柄の男を見て驚いた。
「西岡さん、この方が夕べと一昨日の晩、軽井沢で小林先生と一緒おられたとおっしゃっているのですが」
 西岡は厳めしい顔を一層しかめて、男を睨むように凝視した。
「あんたは?」
「工藤高広です。警察の方はよくご存知のようだから自己紹介は省きますが」
「工藤……? 何であんたが」
 西岡は苦々しい口調で尋ねた。
「先生とは小説の映画化のご相談がありましてね。先生も急ぎの原稿があるとおっしゃるんで、じゃ、静かなところがいいだろうと、うちの別荘へご案内したんです」
 このやろう、しゃあしゃあとデタラメぬかすな!
 思わず心の内で喚きながら、やはり気づいていたんだ、と千雪は工藤を上目遣いに睨み付ける。
 でも、いつ気づいたんや、あの電話で?
 いや、それだけやないな、あれか、学生証、あんなとこに落としたやろかて思うとったけど、あいつがどこぞで拾うて、わざとあんなとこに落としたんか知れん。
 それで俺の反応見よったんや、やっぱりいけずなやろうや。

 


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