花のふる日は35

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「自己防衛、するしかないし。大体、俺の人相風体がマスコミのお陰で勝手に一人歩きして、警察がそれに踊らされるやなんて、情けなさ過ぎですわ」
 言葉に詰まる渋谷に、クールな笑みを浮かべて千雪はさらに辛らつな言葉を投げつけた。
 そこへドアが開いて、西岡警部が入ってきた。
「Nシステムで確認した。確かに、そこの工藤……さんと小林さんがちょうど一昨日の十一時頃、中央道に入ったところでと、今朝、昼近く、首都高に乗ったところで」
 あからさまに不満げな顔で、西岡は言った。
「じゃあ、小林先生を連れて帰ります」
 千雪と渋谷のやり取りをそれまで黙って聞いていた工藤がそう言って千雪を促した。
 
  
 

 
 
 西岡の顔からして、無罪放免という雰囲気ではなかったが、千雪は工藤とともに警視庁をあとにした。
「言うとくけど、小説の映画化の話なんて、俺にはもう終わった話やし」
 外に出てすぐ、千雪は工藤に念を押すように言った。
「俺の嫌いな言葉は、諦める、だ」
「俺の嫌いな言葉は、ごり押しと強姦魔、や」
「アリバイが証明されてよかったじゃないか」
「あと、恩着せがましい、てのも嫌いや」
「何でまたメガネをかける?」
「ついくせで」
「実は小林千雪の正体は、とかって記者会見でもやるんなら、いつでもセッティングしてやるぜ?」
 二人がああいえばこういうの応酬で歩いていると、車がすっと近くに来て停まった。
 タクシーを拾おうとしていた千雪は、何気なく目をやって、派手なスポーツカーから降り立った男に気づいた。
「京助」
 たかだか二日ほどのことなのに、千雪は妙に懐かしささえ覚えて京助を見た。
 だが、二人の前に立ちはだかった京助は、険しい表情をしていた。
「疑いが晴れてよかったじゃないか。こいつと軽井沢くんだりにしけこんでたって?」
 おそらく渋谷と連絡を取って確認したのだろう。
 険のある言い方に千雪は眉を顰めた。
「帰るんだろ? 乗れよ」
 京助は車へ促した。
「遠慮しとく」
 一瞬、そのまま京助の元に帰ってしまいたい衝動にかられたものの、千雪は逆の言葉を口にしていた。
「おいおい、まさかマジでそんなオヤジに乗り換えたなんてわけじゃないだろ?」
 苦々しい表情で投げつけられた皮肉に、千雪は苦笑した。
 実際は未遂だが、事実を告げる気にはなれなかった。
「俺が何しようと、お前には関係あれへん」
 背を向けようとした千雪の腕を、京助は思わず掴む。
「俺から逃げようってのか?」
 振り向くと、京助の目とまともにぶつかった。
 何でそんな苦しそうな目してるんや。
「京助、お前は自分の思い通りにならんのんが、許せへんだけやろ?」
「……俺は!」
 京助は掴んでいる指に力を入れた。
「痛い! 京助、離せ!」
 はっと我に返ったように、京助は千雪を離す。
「おいおい、往生際が悪いな、イケメンセレブの名が廃るぜ? 千雪はお前にはもう用はないって言ってるんだ」
 途端、京助は今度は工藤の胸倉を掴む。
「…きっさま!!」
「京助、やめや!」
 千雪の止めるのも聞かず、京助が今にも殴りかかろうとしたその時、黒のセダンが後ろからやってきて停まった。
「社長! お迎えに上がりました」
 運転席から声がかかると、京助はいまいましげに工藤を睨みつけながら、腕を離す。

 


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